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連載昭和の35大事件

2019/08/04

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア, 国際, 歴史

結婚式の服装で臨んだ「死刑宣告の日」

 もちろん、朴烈が一どや二どで金子文子の訴えに従ったわけではない。いく度か同じ機会をあたえられ、同じ訴えをくりかえされているうちに、愛人金子文子をひとりで殺すにしのびなくなった彼はとうとう彼女の言葉へなびいてしまったのだ。立松判事が「わが事成れり」とこおどりしてよろこんだのはいうまでもない。

 大逆事件となるともはや地方裁判所でとりあつかうことは許されない。大審院にまわされて、それも判決はただ1審で決定される。いよいよ、大審院にまわされる直前、大正14年5月29日に沼義雄判事は裁判所書記黒瀬有蔵の立ちあいの上で市ヶ谷刑務所に朴烈をたずねた。

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「被告がいままで述べたとおりだとすると、たんに爆発物取締り規則違犯だけではなく、大逆罪にもなると思う。そうなると法廷を大審院に移されるので自分もこの事件に干与し立松判事に協力することになった。そこでもう一どたしかめるが、いままでの陳述はすべて事実に相違ないか」

 と、あらためてダメをおした。すると朴烈はただ笑って答えなかった。

 同年6月2日、ふたりはあらためて大逆罪として起訴された。そして9月に入ると大審院のとくべつ法廷がふたりのために開かれた。裁判は6ヵ月以上かかった。そのあいだふたりとも、一貫して弁護士の弁護をことわった。大正15年3月25日にとうとう判決が下された。この日、朴烈も文子も朝鮮の習慣にしたがい、結婚式につかう正装をまとったはなやかな姿でさっそうとして法廷にあらわれた。黒い冠をいただき白の綾絹の衣をまとった朴烈と、青いチマに緋の色の裳をつけた文子の姿は人びとの眼をおどろかした。死刑宣告の日であるこの日をもって、ふたりは一しょに死ぬ日であり、死によってふたりの愛をつらぬく日であると思いさだめた。それだからこそ、こうしてとくに結婚式の服装をえらんだのだ。判決はふたりが望んだとおりに死刑だった。ふたりは笑って最後のあいさつをかわしながら法廷を去った。

「ちきしょうめ。よくもひとをバカにしやがったな」

 ところがそれから12日たった4月5日のことである。「朴烈、金子文子の両名ともその冒した大逆行為に対して、悔悟反省の情、顕著なり。依って死一等を減ず」という発表があった。「それは山よりも高く海よりもふかい皇室の御仁慈のおかげである」ともつけ加えられた。獄中でそれをきいた朴烈は「ちきしょうめ。よくもひとをバカにしやがったな」と、泣いて怒ったということである。こうして朴烈劇という日本の支配階級がたくらんだ猿芝居はすばらしい演出効果をもっておわったのである。ただ、朴烈と文子のふたりだけは、あれほどに思いつめてえらんだ死刑とその英雄主義に無慚きわまる肩すかしをくわされ、そして何よりも一ばんいやがった「なしくずしの死刑」である無期懲役にふたりはつきおとされたのだった。

 やがて千葉刑務所に移されたとき、朴烈は思いあまって絶食をつづけた。監視が厳重で自殺できない彼は絶食して自殺しようとしたのである。だが、それは半月のあいだ、いろいろと説得されてやっと思いとまるにいたった。だが、文子は2ヵ月ほどして、たしか6月のはじめだったと思う。梅雨のまっさい中に栃木市の女囚監の檻房で首をくくって死んだ。ときに26歳だった。

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 やがて朴烈は千葉刑務所から大阪刑務所に移され、こんどの戦争中は秋田刑務所の中ですごした。千葉刑務所にいるうちに朴烈は転向を声明し、日本支配階級への忠誠をちかった。1945年10月、マッカーサーの解放で秋田刑務所から出てきた朴烈はもうむかしの朴烈ではなかった。すっかり右翼民族主義の信奉者に、極度に反ソ反共にさえもなっていた。この道は日本の無政府主義者の大半が戦争中にたどった同じ道であるが、ただ、獄中にいて世界の動きを正しく理解できなかっただけ、それだけ朴烈は極端な道をえらばざるをえなかった、というだけである。

 朴烈はいまでは韓国大統領李承晩の忠実な支持者となり、在日右翼朝鮮人の中の有力な闘士のひとりとなっているということである。

(作家)

※記事の内容がわかりやすいように、一部のものについては改題しています。

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