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連載昭和の35大事件

占領下の日本で大蔵大臣セクハラ事件に「キスの一つや二つ」――批判は被害女性議員に向けられた

とにかく「自己主張する女性」に厳しかった時代

2019/11/17

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, 歴史, メディア, 政治

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とにかく「自己主張する女性」に厳しかった時代

「政界往来」1978年10月号の「戦後政界人脈地図・泉山三六論」で、政治評論家・今井久夫氏は事件のことをこう書いている。「山下は民主党控え室に帰ると、そのころ、山下ととかく噂のあった椎熊三郎に『いま泉山にキスされた』といい機嫌で語った。のろけ半分であったかもしれない。しかし、これを聞いた椎熊はただものではなかった。希代の寝業師、駆け引きの利け者であった。椎熊の親分芦田均は、いわば自由党のデッチ上げに昭電疑獄で内閣を投げ出した。その恨みに燃え上がっていたときである。椎熊は山下の一言で倒閣を思い立った」。

 同党の議員らが泉山詰問に動き、山下に本会議で発言させたという筋書きだが、どこまで信用できるだろう。「世間は泉山に同情した。日本人はとかく酔っ払いに寛大である。しかし、泉山の辞めっぷりもまたあっぱれであった」「それに反して、山下は女を下げた。キスの一つや二つされて逆上するなという反感が残った」

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 このあたりは、現代の女性が読んだら「男の身勝手な言い分」と平静ではいられなくなるのではないか。実際、この事件の経過を見てみると、政治の世界が「酒の上でのこと」と「男のハレンチ行為」にいかに寛容で、逆に自己主張する女性に厳しかったかを痛感する。「街の声」を見ても、一般社会もそれほど違わなかったと思われる。

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「わが国伝統の悪風習に対する大きな反省材料」と指摘も

 1948年12月15日付時事新報の社説は「およそ一国の閣員たるものが酒の上でこんな失態を演じたことは、世界の議会史上、かつて聞かざる珍事である」と指摘。事件は「酒の上の出来事といえば不当に寛恕されるわが国伝統の悪風習に対する大きな反省材料」と述べている。

 さて、いま同じようなことが起こったら、どんな反応と結末になるだろうか。泉山は1981年7月7日、85歳で死去。8日付朝日朝刊の死亡記事の中には「泥酔して婦人衆議院議員に抱きつく事件を起こし」という一節があった。

泉山三六元蔵相の死亡記事。「大トラ」の記述がある

本編「泉山トラ大臣の出現」を読む

【参考文献】
▽戸川猪左武「素顔の昭和 戦後」 光文社 1978年
▽信夫清三郎「戦後日本政治史」 勁草書房 1965~1967年
▽泉山三六「トラ大臣になるまで」 東方書院 1953年

占領下の日本で大蔵大臣セクハラ事件に「キスの一つや二つ」――批判は被害女性議員に向けられた

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