天知茂といえば、眉間の皺が代名詞でもあった。
皺と、その両サイドにギラッと輝く鋭い眼光は、怒り、憎しみ、そして苦しみといったネガティブだけれども激しい感情を表現するのがよく似合っていた。たまに笑顔になることもあるが、そんな面相のためにどこかニヒルな心情が滲んで映し出される。
そんな天知の芝居は、彼が所属していた新東宝の映画にピッタリだった。新東宝は、怪談映画などオドロオドロしい感じの因果応報の作品を得意としており、ダークなテイストを放つ天知は、まさにうってつけの存在だったのだ。
たとえば『地獄』での、現世と地獄とでひたすら苦悶の表情を浮かべ続ける芝居はその真骨頂。そして、今回取り上げる『東海道四谷怪談』もまた『地獄』と同じ中川信夫監督。天知の魅力が存分に堪能できる作品になっている。
物語はタイトルの通り、有名な怪談「四谷怪談」をベースに展開。ヒロインのお岩(若杉嘉津子)を殺害した後、その亡霊に祟られることになる主人公の民谷伊右衛門を、天知が演じている。この伊右衛門が、天知のために用意されたかのようなハマりぶりだ。
序盤から素晴らしい。伊右衛門はお岩の父にお岩との結婚を申し出るも、侮辱されたため斬り殺す。この時の怒気をはらんだ表情。天知以外には出せない迫力だった。
そして、いかなる時もなんらかの苦味を湛えた天知の表情が、伊右衛門の背負う業の深さを観る者に生々しく伝えてくる。まるで、お岩を殺す前から祟られているかのようにすら――。お岩に優しく声をかけたと思ったら瞬間のうちに一転して、厳しい顔で蛇を叩きまくる表情の変化は、伊右衛門の内なる狂気を。弱みを握る直助(江見俊太郎)につけこまれて悪事をけしかけられる際の苦悶と葛藤に満ちた表情は、ただのエゴイストではない伊右衛門の人間性を。
そんな天知=伊右衛門がいかにも不穏な薄暗い照明の中に映し出されるため、作品の空気は全編を通して「呪い」一色に染まることになった。
そして終盤になると、その色はさらに強まる。祟られる前から呪いに満ちた作品。実際に祟りが始まると尋常ではなくなる。もちろん、そこでの天知の演技は一段と凄い。
お岩の霊と誤って次々と人を斬っていく場面の憔悴、河原で強風に煽られながら誰もいない虚空に向かってひたすら刀を振るいまくる場面の狂気。「祟られた人間」をここまでリアルに演じられる役者はそういない。
救いを求めるラストに至るまで、伊右衛門はひたすら苦しみ続ける。天知茂だからこその伊右衛門像だった。