GDPが抱える矛盾――薬物乱用、不倫が“プラスの貢献”?
パックン 現代社会の進歩を表す神聖なる指標、国内総生産(GDP)が測定しないもの、「見逃している労働」について指摘されていますね。経済指標をみると、先進国の中でも日本は一人当たりGDPの値が低い一方で、犯罪率も低く、教育レベルは高く、かつ、格差も比較的少ない。これらはGDPに反映されていない数字です。
ブレグマン GDPにはたとえばコミュニティサービス、きれいな空気、格差、店でのおかわり自由といったものが反映されていません。一方で、あらゆる社会問題がGDPへのプラスの貢献として取り込まれます。交通渋滞、薬物乱用、不倫はどうでしょう。それぞれガソリンスタンド、リハビリ・センター、離婚弁護士にとってはドル箱です。こう考えるとGDPにとって理想的な市民は、がんを患うギャンブル狂で、離婚調停中で抗鬱剤を常用する人、とも言えますね。経済を専門とするライターのジョナサン・ロウは「GDPで言えばアメリカで最悪の家庭は、自分達で料理し、夕食後に散歩したり話したりして子供たちの面倒を見る『理想的な家庭』だ」と言っています。
中間管理職はいらない? ――「仕事」という概念を再定義しよう
ブレグマン わたしたちは「見えざる手」や「フリーマーケット」という神話を信じ込まされてきました。すなわち、何事も自動的に市場によって適正価値が決定される、と。しかしこの「見えざる手」が機能していないことは明白です。組織は複雑化し、それに応じて職務が増大する。果たしてこれらの仕事はどこまで意味があるのでしょうか。最近イギリスで行われた調査で、労働人口の実に37%が「無意味な仕事をしている」と答えたそうです。社会の損失です。
オランダに「ネイバーフッド・ケア」(オランダ語:ビュートゾルフ)という在宅ケア企業がありますが、中間管理職を全て撤廃しました。1万4千人規模の会社ですが、彼らのサービスは安く、品質が高く、患者も従業員も満足度が極めて高い。
パックン 中間管理職はいらない、と!?
ブレグマン ほとんどの政治家や経済学者も、仕事は多ければ多いほど良いと考えていますが、意味のない仕事は沢山あります。1970年代、アイルランドで銀行がストライキに入ったにもかかわらず、6カ月間、社会は普通に機能したという例もあります。
今こそ「仕事」という概念を再定義すべき時です。私は1週間の労働時間を短縮しようと呼びかけていますが、長く退屈な週末を過ごせと言っているわけではありません。自分にとって本当に重要なことにもっと多くの時間を費やそうと、呼びかけているのです。数年前、オーストラリアの作家ブロニー・ウェアは『死ぬ瞬間の5つの後悔』(新潮社、2012)という本を出版し、介護人として世話をした患者たちの最後の日々について語っています。最大の後悔は「他人が私に期待する人生ではなく、自分に正直に生きればよかった」というもので、2番目は「あんなに働かなければよかった」です。
構成:近藤奈香 撮影:鈴木七絵
ルトガー・ブレグマン/1988年生まれ、オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。ユトレヒト大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で歴史学を専攻。広告収入に一切頼らない先駆的なジャーナリストプラットフォーム「デ・コレスポンデント(De Correspondent)」の創立メンバー。日々のニュースではなく、その背景を深く追うことをコンセプトとしており、5万人以上の購読者収入で運営されている。『隷属なき道』はオランダで原書が2014年に「デ・コレスポンデント」から出版されると国内でベストセラーに。2016年にAmazonの自費出版サービスを通じて英語版を出版したところ、大手リテラリー・エージェントの目に留まり、日本を含めて23カ国以上での出版が決定した。
パトリック・ハーラン/1970年生まれ、アメリカコロラド州出身。お笑いコンビ「パックンマックン」を結成、日本語ではボケ、英語ではツッコミを担当しお笑い芸人として活躍する一方、深い教養を生かし、テレビ番組のMCやラジオDJなど多方面で活躍。
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