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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/04/26

「M-1あるある」見つけました

嶋佐 緊張感もありつつ、普段の感じもありつつ。

屋敷 リハーサル以外、やることないんよな、あんまり。

――時間を持て余してしまうわけですね。

屋敷 メイクの呼び出しが、ものすごく早いんです。15時ぐらいから「メイク、行ける方からお願いします」って言われて。

――本番の約4時間前ですね。それは相当、早いわけですね。

屋敷 メイクって、できるだけ直前にしたいんですよ。化粧が服についたりするし、いちばんいい状態で出たいじゃないですか。長丁場だと、番組後半には、だいぶメイクが崩れてきちゃいますし。

ツッコミ担当の屋敷裕政

嶋佐 だからみんな、スタッフさん無視。

屋敷 たぶん、審査員の方々のメイクとかもあるから、スタッフサイドとしては、なるべく若い人から先にやっておいて、オンエア前の時間帯は空けときたかったんだと思います。でも、僕らからしたらあまりにも早過ぎたので、そこはせめぎ合いでしたね。「メイクお願いします」って言われたら、いちおう「はーい、わかりましたー」って感じで、視線を合わせて、ちょっとだけ頭だけ下げる。で、無視みたいな。

嶋佐 いつも、あんな感じなんでしょうね。これ、M-1あるあるだと思いました。

屋敷 結局、からし蓮根とか、若い順に籠絡されていって、僕らはかなり最後の方まで粘ってましたね。

衣装も駅も楽屋も……M-1のためのゲン担ぎ

――予選から決勝まで、嶋佐さんは白いジャケットとベージュのパンツで通していましたが、屋敷さんはけっこう変えられていた印象があります。

嶋佐 僕は衣装も久保田さんに相談して、「明るい色の方がいい」と言われたので。

屋敷 僕は全部、変えたんです。1回戦から3回戦まで、たまたま衣装を変えていて、そうしたら通ったんで、そっから先も変えな落ちるような気がして。

――ずっと変えないというのはよくありますけど、ある意味、逆のゲン担ぎですね。

嶋佐 去年は、今まででいちばんそういうことをしちゃったな。

ボケ担当の嶋佐和也

屋敷 そうそう。準々決勝と準決勝の会場はニューピアホール(竹芝)だったんですけど、僕ら、あんまり相性がよくないんです。なので、降りる駅を変えてみたり。いつもは浜松町を使っていたんですけど、今回は大門で降りようと。準決勝の楽屋も2つあって、いつも手前の楽屋を使って落ちていたので、今回は奥の部屋を使おうと。全部、逆、逆と。

嶋佐 10年目だったからな。そう言うものに、いちばんすがったな。

――スタジオ入りしてからは、さすがに雰囲気が変わりましたか。オンエアが始まっても、なかなかギリギリまで入らせてもらえないらしいですね。