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冬でも読みたい「怖い話」

「あしたは あめがふるよぉ」 九州で語り継がれる“行くと絶対死ぬ家”の話

2020/12/28

 北九州に住む書店員でありながら、膨大なホラー知識と実話怪談のアーカイブを持つかぁなっき氏。彼は“猟奇ユニットFEAR飯”の語り手担当として、2016年の夏からライブ配信サービスTwitCastingで、「禍話」という実話怪談チャンネルを続けてきた。

 今回はその膨大なアーカイブのなかから、視聴者たちの間で大きな話題を呼んだ「例の家」をお届けする。福岡周辺で戦後から語り継がれる“廃屋”と、そこから漏れ広がる恐怖の伝染とはいったい――。

(構成 TND幽介〈A4studio〉)

◆ ◆ ◆

 この話は、かぁなっき氏が高校生の頃に、今は交通事故で亡くなってしまったというTさんという男性から聞いた話だそうだ。

 当時から怪談やホラーに詳しかったかぁなっき氏は、たびたび同好の仲間の家に泊まり、怪談話で盛り上がっていたという。その日も、複数人の友人が集まった。その中の一人に、当時大分県大分市の郊外に住んでいたTさんがいたそうで、彼は怪談が盛り上がってきたタイミングでこの話を切り出した。

※写真はイメージ ©iStock.com

「昔から俺の地元の福岡にさ、“レイの家”って場所があるんだけどさ」

「え、やだ~レイってお化けの“霊”ってことでしょ~」

 怖がりながらも興味津々の女子メンバーがこう言うと、Tさんは奇妙な言葉を返してきた。

「ってことではないらしくて、“例えば”の“例”で“例の家”って言うんだって。でね、そこ入ると“絶対死んじゃう”らしいんだ」

“例の家”の住人は界隈では名の知れた酪農一家

 Tさんによると、“例の家”の噂は昭和の戦後期から語り継がれてきたそうで、今ではなぜ“例の家”と呼ばれているのかも定かではないという。

 その“家”に住んでいたのは、界隈では名の知れた酪農家だった。詳しい家族構成は今となっては不明だが“大家族”で、人付き合いも良好だったことは言い伝えられてきたらしい。

 あるとき、そんな子沢山な家がまた子供をもうけたという吉報が周囲の家々に広まった。しかし、その噂のなかには少々奇妙な部分もあったそうだ。

「あそこ産婆しゃん呼ばなかったんだってねぇ」