サウナの“東の聖地”と言われる東京・錦糸町。この地で、突然銭湯を営むことになった新保卓也、朋子夫妻。後編は、「大黒湯」を軌道に乗せた2人が、2店舗目「黄金湯」の経営へと乗り出すまでの物語だ。夫妻の前に立ちはだかった苦難の道、そして、新しい時代の銭湯の形がここにある――。(前編より続く)
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新保朋子(以下朋子) 黄金湯は元々大黒湯の先代が土地を所有して経営していたんですが、その後経営権は別の方に移りましてその方が運営されていたんです。でも、廃業されるという話になって。建物が大変素晴らしかったので、とてももったいないなと思いまして。それで私も「引き継いだ方がいいんじゃない?」と主人に言ったんです。ということは、やっぱり私も手伝わないといけないんですけど(笑)。それで大黒湯も落ち着いてきたし、やろうかなという話に。ただ、大黒湯が徒歩5分の距離ですから、お客様の取り合いになってもしょうがない。それで大黒湯のお客様よりも若い方に銭湯の魅力を知ってもらって、来てもらいたいと思い、そのような銭湯を目指しました。
新保卓也(以下卓也) 地元にスタジオを構える高橋理子さんにロゴやトータルコンセプトのクリエイティブディレクションをお願いして、建築設計はブルーボトルコーヒーなども手掛けられているスキーマ建築計画の長坂常さんにお願いしました。高橋さんは地元を愛してくれていて。長坂さんは大の銭湯好きで。公衆浴場の根本って地元や地域に愛されていることなんです。地元をどうにかしていきたいという想いも共通だったし、なによりお風呂も好きだった。そういうのもあって一緒にとお願いしたら快諾していただいて。
大黒湯での経験を経た2店舗目は、ターゲットを少しずらし若い世代にも来てもらえる施設を目指した。それゆえリニューアルにあたり銭湯ならではの多様性を重視した作りを心掛けた。
卓也 黄金湯を開業するにあたっては、自分達が色々な施設に行って体験した、気持ちが良かった温度とか環境を再現してお客様にも味わっていただきたいという思いがありました。設計は建築のプロにお願いいたしましたが、お風呂とサウナに関しては私たちの思い入れが詰まっています。色んな人が一つの場所で、平等に裸で入るという公衆浴場の環境が大好きで。そういう場所で、自分好みの温度のお湯に入っていただく。サウナは水風呂と外気浴の3点セットはマスト。それをみなさんがご自由に使っていただける場所を作りたかったんです。