朝日の“キャンペーン”はその後も続いた。3月25日付では「“暁に祈った”人々」の見出しで、告発を受け、リンチの体験者の元隊員3人が名乗りを上げたと報じている。そのうちの1人は「夏には“熱砂の誓い”というのがあった。外蒙の焼けつくような炎天の屋外で、やはり数珠繋ぎにして長時間立たせるので、“暁に祈る”に劣らぬ残虐なものであった」と述べている。

「熱砂の誓い」とは、長谷川一夫と李香蘭が共演した「大陸三部作」の1本で1940年に公開され、主題歌と合わせて大ヒットした東宝映画(渡辺邦男監督)の題名。「暁に祈る」同様、隊員らの間で複雑な思いを込めて使われていた言葉だと思われる。さらに、最も過酷な労働現場の石切り場は「賽(さい)の河原」と呼ばれたという。

 あまりの騒ぎに、朝日は3月26日付でついに社説で取り上げた。「『暁に祈る』の教訓」の見出しで荒垣秀雄の「天声人語」同様、日本人と日本社会に通じる問題として捉え、「遠い異国の丘の特殊な事例として感傷を燃やすのではなく、われわれの周囲にも容易にあり得る事態として、冷静にその教訓をつかまねばならない」と論じた。

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 ただ、「天声人語」ともども、自社が報じた内容を全て確定事項として論じているところに危うさを感じるのは、70年以上たったいまの視点で見ているからだけではない。

「吉村隊長」と元隊員の対決(「画報現代史・戦後の世界と日本」より)

 同日付「声」欄には「まだいる吉村」という投書が。前年に復員したという人が自分もいた捕虜収容所でも、上官の命令で多くの仲間が犠牲になったと証言。「われわれ旧軍隊の下級者はみな『俺たちは日本人に殺される』といったものだ」「捕虜という重圧、かてて加えてこの上級者たち(将校、下士官)のわれわれに与えた迫害と圧迫がどんなものであったのか、思っただけでぞっとする」と吐露した。

 この人も民主化教育を受けた人のようだが、吉村隊以外にも同様の悲惨な事実が広範にあったことがうかがえる。

元吉村隊員3人と池田との“対決”

 東京地検が調査を開始し、民間の自由人権協会も実態解明に乗り出すことが報じられる中、3月28日には、面会を求めて五島・富江町を訪れた元吉村隊員3人と池田との“対決”が地元の寺で行われた。

 翌29日付の朝日と毎日によれば、3人が目撃した私刑について追及したのに対し、池田は「“総(すべ)ては命令だ” 『法廷で争う』と平然」(朝日見出し)で、対決は1時間足らず。「水かけ論におわる」(毎日見出し)結果だった。朝日の同じ紙面では参院在外同胞引揚特別委員会にも証人喚問の動きがあることを伝えている。

 4月5日付では、その動きが急速に進んで4月12日からの国会喚問が決定。同委員会から長崎県知事宛てに「池田出頭のため万全の処置をとられたい」との至急電報が打たれたことを報じた。朝日が「全国各支局を通じて残虐行為の証人として立つ旨を言明した旧隊員らは69名に達している」という。

 池田の上京に当たっても、朝日はその一挙手一投足を伝えた。4月9日付では「『法廷で黒白を』― 吉村隊長 きょう東京へ」の見出しで列車の中の表情を捉えた写真3枚も掲載。池田は「東京ではえらい騒ぎをするんでしょうね……。何とかなりませんか」と漏らしている。4月10日付は「微かな笑い浮べて 『いずれ判(わか)ってくる』 “吉村隊長”きのう入京」の見出し。記者の質問にも終始冷静な態度だった。