小学6年生の娘を保険金目当てで焼き殺したとして、実母らが逮捕された東住吉事件。「鬼母」と呼ばれた女性は、20年のときを経て刑務所を出所、無罪が確定した。
最新話の公開に合わせ、記事を再公開する(初出:2019年5月12日)。
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大阪の青木惠子さん(55)が暮らす部屋はがらんとしている。必要最小限の家具を除き調度品があまりない。特に家電製品が少ない。最新の家電機器は使い方がわからないから苦手だ。青木さんはきれい好きで毎日のように掃除をするから、床にはちり一つなく、余計に生活感が感じられない。
そんな部屋でひときわ存在感があるのが仏壇だ。毎朝、仏壇に花とお茶を供え、娘のめぐみさんの写真に話しかけるのが青木さんの日課だ。その日1日の予定を語りかける。
仏壇に飾られた写真は、8歳の時に写真館で勧められて撮影したウェディングドレス姿のめぐみさんだ。
「幼い時に花嫁姿で写真を撮ると、生き急ぐことになるから早死にするという言い伝えを後で聞いたの。この写真を見るたびそのことを思い出して悔やむのよね。でもこれが火事で焼け残った唯一の写真だから、すごく大切なの」
家族4人で幸せに暮らしていた自宅が火事になり、最愛の娘(当時11歳)を亡くしてしまった。悲しみも癒えぬうちに刑事がやってきて、「お前が家に火を付けて娘を殺したんや」と決めつけられた。「保険金目当てに鬼のような母親や」と言われ、無実を訴えても信じてもらえず、そのまま20年も獄中に囚われることになった──。
それが青木さんの身に実際に起きたこと。やり直しの裁判で無罪になり、20年ぶりに塀の外に戻ることができたが、失われた時は戻らない。かわいい盛りだった8歳の息子は見知らぬ大人の男に。元気一杯だった両親は80歳を過ぎて介護が必要に。そして自分は、30代から50代になっていた。まるでタイムスリップしたようだ。長年塀の中に閉ざされて、ネットもスマホも、ガラケーだってわからない。世の中になじめず、他人の目が気になり、時々ふっと「刑務所に戻りたい……」とすら思ってしまう。
私は青木さんの無罪判決の直後から、ある疑問を感じて取材を始めた。それから3年、私が見てきた青木さんの姿をここで描こうと思う。20年という途方もなく長い時間の中で失った自分の人生を取り返そうと歩み続ける、一人の女性の世にも数奇な物語を。