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 犯行の動機とされた保険金は、子どもを持つ親の多くが加入する学資保険だった。しかも火事の3年も前に保険外交員の勧めで加入したものだ。

 判決は、この保険を動機に放火殺人をすることに疑問を示しながらも「あながちありえないことではない」と判断した。青木さんは「裁判官にも信じてもらえない」と絶望したという。

 青木さんが刑務所に入った後も、弁護団は粘り強く無罪の証拠を探し求めた。そして5年、再現実験を行った結果、自白通りの方法でガソリンをまいて火を付けると本人が大やけどをしてしまうため、放火は不可能だと突き止めた。さらに、自宅のガレージにあったホンダの軽自動車の給油口からガソリンが漏れる可能性があることを、全国のほぼ同型の車種の調査などから割り出した。

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「火事は放火ではなく、車から漏れたガソリンに風呂釜の種火が引火して自然発火した可能性が高い」

 有罪の根拠は崩れ、裁判所は裁判のやり直し(再審)を認めた。同時に刑の執行停止も認められ、青木さんは刑務所を出て20年ぶりに自由の身になった。そして翌2016年(平成28年)8月10日、青木さんはやり直しの裁判で晴れて無罪判決を勝ち取った。

2016年8月、再審で無罪となり涙がこぼれた ©共同通信社

 同時に、内縁の夫だった男性も無罪になった。放火殺人はもちろん無罪だし、娘への性犯罪は時効で、もはや立件できない。

 私は当時、NHK大阪報道部の記者で、裁判の取材を担当するようになったばかりだった。判決文を見て性的虐待の事実を知り、心を揺さぶられた。大手マスコミはどこもそのことを報じていなかった。めぐみさんは最大の被害者なのに、受けた被害を「なかったこと」にされているようなものだ。この家族にいったい何があったのか? きちんと経緯を取材して放送できないか? これが取材の動機になった。

 それから1年4カ月。取材の成果はNHKスペシャル「時間が止まった私」という番組になった。大人になった息子。高齢になった両親。20年の空白で失われた家族との絆を取り戻していく姿がメインテーマだ。同時に、めぐみさんが受けた被害と、青木さんのめぐみさんへの思いも描いた。それからさらに1年3カ月がたった今年3月、NHKを辞めた私は再び青木さんの部屋を訪ねた。