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「大和民族は精神的に死したるも同然なり」

 そうした阿南陸相に、陸軍部内からの突き上げは時々刻々と激しさをました。閣議中に呼びだされた陸相は、参謀次長河辺虎四郎(かわべとらしろう)中将から、全国に戒厳令を布(し)き、内閣を倒して軍政権の樹立をめざすクーデター案をひそかに提示されていた。

 しかし、阿南は動かなかった。そして、かりに戦争を終結するにしても、四条件を連合国に承知させることが絶対に必要なことを、静かに、だが力強く閣僚たちにいいつづけた。日本は国家の命運と民族の名誉をかけ、自存自衛のために戦いつづけてきた。それであるのに、相手のいうなりに、国体の存続も不確実のままに無条件降伏するのでは、あまりに無責任、かつみじめではないか。手足をもぎとられて、どうして国体を守ることができようか。

「このまま終戦とならば、大和民族は精神的に死したるも同然なり」

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 陸相はそう主張して不動であった。

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 午後10時、第1回からひきつづいてえんえん7時間に及んだ第2回閣議を、鈴木首相はいったん休憩することとした。もう一度、最高戦争指導会議をひらき、政戦略の統一をはかり、再度閣議をひらくことにする、と首相はいった。この最高戦争指導会議を御前会議とし、一挙に聖断によって事を決するというのが、首相の肚(はら)であった。

 御前での最高戦争指導会議開催の知らせに、より大きな危惧を感じたのが大本営であった。

「何のための御前会議なんだ。結論はどうするんだ」

 電話口の向うで怒声が書記官長の耳にがんがんと響いた。

「結論はない。結論の出ないままの議論を、陛下に申しあげるのだ」

「そんな馬鹿な……それにしても陸海両総長の花押(かおう)はもらってあるのかッ」

 御前会議開催には、法的に首相と参謀総長、軍令部総長の承認〈花押〉が必要であった。その花押をこの日の午前中に迫水書記官長はすでにもらってあった。