「あの時にニコ生で流れたコメントは、見ていてけっこう辛いものがありました。それから久しぶりにバグを引いたコンピュータ将棋になったわけですけど……」
この時のことは後に映画の題材にもなったが、投了に賛否両論あったのは確かだ。
今回、外野からは「早く投了して次の勝負を始めろ」という声もあったが、AWAKEのこと、5000人に迫る視聴者のこと、そしてこの対局のために杉村が費やしてきた努力を思えば、投了という選択は簡単にできるものではない……。
18時32分。
予告された時刻より2分遅れで渡辺名人が登場すると、視聴者数はさらに伸びて、遂に5000人を突破した。
とはいえ、将棋は既に解説をするような段階ではない。
放送再開時、63手目の評価値は先手のdlshogiが2410点と勝勢を断言しており、水匠も反省して先手良しと言い始めていた。
現局面を解説しようがない佐々木と渡辺は、まだバグの影響が及んでいない序盤を振り返っていく。
佐々木は「この将棋、間違いなく指されると思うんですけど。1週間後くらいにプロでも……」と話を振る。
しかし渡辺の答えは「俺は出ないほうに賭ける」だった。
「だってこれは矢倉じゃないから。これをやるなら最初から相掛かりをやる。人間で矢倉を指す人は、厚みを活かした地上戦を得意としているベテランが多い。乱戦が得意な、若手同士の将棋で出るかどうかだね」
極論として、人間が戦法を選ぶわけだからさ……鋭くそう分析する渡辺の言葉に、電竜戦システムを管理しながら配信を見ていた松本は深く感じ入っていた。
「中国のことわざに、『速い馬がいても、その実力を認めてくれる人がいなければ実力を発揮できない』というものがありますが……やはりプロの先生の解説があってこそ、将棋ソフトの凄さや面白さというのが見る人に伝わるんだなと思いましたね」
渡辺に出演を依頼した杉村は、パソコン選びやソフトの設定を手伝った時のこともあり、また別の感想を抱いていた。