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 存在は知っていたものの、遭遇するのは初めてのバグ
 しかも今回、水匠だけではなく、別のパソコンで動かしている検討用ソフトも同様のバグが発生していた。読み筋の中に表示される8一飛成という文字……。

(画像は電竜戦長時間マッチ「水匠 vs dlshogi」第1局 ゲスト:渡辺明名人 解説:阿部健治郎七段・佐々木勇気七段より)

 これだけ見れば再現性は高い。
 杉村は混乱していた。「いやぁ緊張感がヤバい」「どういうことなの……」「メッチャ面白いですね! いや、失礼」「白ビールが味方になってくれた? そんなことある?」と、まるで未知の手に遭遇した棋士のように画面の中で矢継ぎ早にボヤく。
 配信のコメント欄も盛り上がっていた。
 バグの存在を知っているというコメントもあり、検討用にソフトを使用している将棋ファンの中にはこのバグに遭遇した人がそれなりの割合でいることを示唆していた。

 杉村がバグの説明を終えた頃には、時刻は18時20分になっていた。
 予告された渡辺名人の登場まで、あと10分。
 決断を迫られた杉村は、イベントの運営に協力してくれていた開発者たちと協議する。

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「このまま続けるか、それとも第1局を早く終わらせたうえで持ち時間を短くしてすぐに第2局を始めれば、それが終わるまで解説していただけるのではないかとか……」

「残念ながら飛車成のバグを引いた時点で将棋は終わっていたので」

「あまり(配信画面に表示される視聴者の)コメントを見られる状況ではなかったので、どれだけの人が『投了しろ』と言っていたかはわかりませんでした。ただ、続けて欲しいという人はそんなにいないと思っていて……」

 開発者権限での投了。
 それしか道はないと理解しつつも、杉村はなお、それをしたくないという思いがあった。

「『AWAKE』の2八角がありましたから……」

 AWAKEは、2014年に行われた第2回将棋電王トーナメントで優勝したソフトだ。
 そして翌年、電王戦FINALにて将棋ソフト側の大将としてプロ棋士の阿久津主税八段と対局した……のだが、実はAWAKEには弱点が存在した。
『2八角戦法』と呼ばれる当時流行したアンチコンピュータ戦略の一つで、後手を持った将棋ソフトの角がボロッと取られてしまうハメ手である。
 AWAKE開発者の巨瀬亮一は、そのハメ手を指されると、開発者権限で投了した。わずか21手での投了は、大きな反響と様々な議論を巻き起こした……。