「本当だったらいいなぁと思いながら見ていたんですが、その評価が変わらない。それで、これはおかしいぞと思って、読み筋を見たら――」
そして冒頭のシーンに繋がるのだ。
42手目。水匠は飛車先の歩を突き捨てて、4枚目の歩をdlshogiに献上する。
もはや誰の目から見ても水匠の指し方がおかしいのは明白だった。
佐々木が「水匠は歩をたくさん渡してるけど大丈夫ですかね?」と不安そうに言えば、阿部も「駒落ちの上手の指し方になってる」と、水匠の指し手の不自然さを指摘する。
44手目。
水匠が5四歩と中央の歩を突いたとき、杉村は再度配信画面に登場して「すみません! ちょっと致命的なものでして……」と、事態の説明を開始した。
やねうら王に存在する『バグ』の説明を。
「読み筋を見たら『8三飛成』というのが表示されていまして(苦笑)」
成れるはずのない後手の飛車が、成っている。自分の陣地の中で……。
このタイミングで発生したことに阿部は「え!? それは致命的ですね……」と驚愕し、佐々木は苦笑するしかなかった。
読み筋の中だけとはいえ、この読みを前提にして水匠が思考している以上、いずれどこかで評価値がガクンと落ちるのは明白だ。将棋は既に終わっている。
「あの……知ってたんです。飛車成があるらしい、ということは」
杉村は事前にこのバグを知っていた。
知っていたどころか、解説役の阿部からバグの含まれた画像のスクリーンショットを送られて相談を受けたことすらあった。
「その時、やねさん(磯崎)にも相談したんです。けど『どうせハッシュが少ないんでしょ』とか『探索部を新しいバージョンに変えてみたら?』といったアドバイスで……私も自分の環境では阿部先生からいただいた局面で飛車成のバグを再現できなかったので、まあそんなもんかな、と考えていたのですが……それで今回『私もなるんかい!』と(笑)」
「ハッシュの衝突が起こっているだろうことは何となくわかりました。でも原因がどこかはわからないし、ましてや修正するのは……そもそも動いてる途中でバグが出ちゃったんで、どうしようもないですよね。対局を止めるわけにはいかないし……」