一般社会からの反響は薄かったものの、松本は意気盛んだった。電竜戦をさらに盛り上げるため、さらなる一手を放つ。
「寄付をいただくわけですから、しっかりとした団体として運営しないといけません。棋譜も見やすいように公開したり。あと、寄付してくれる人へのリターンも必要です」
松本が『リターン』として考えたのが、寄付者の望む指定局面からソフト同士が将棋を指すということだった。
たとえば、将棋ソフトが本来ならあまり指さない相振り飛車。
最初から飛車を振った状態から対局を開始させれば、将棋ソフトに飛車を振らせたのと同じことになる。
また、プロ棋士の対局で課題とされている局面。
複数のソフト同士で指し継がせることで、その局面が最新のソフトたちにどう評価されるのかを知ることができる。
それらの指定局面を使った大会がTSECである。
キャッチコピーは『人間が将棋の研究を行うのに最も適したソフトを選ぶ大会』だ。
そして今年7月に行われた第2回電竜戦TSEC大会で優勝したのが杉村の水匠だった。
上位ソフトだけで競うファイナル決定リーグで圧倒的な成績を残し、上位2ソフトの優勝決定戦であるファイナルでも『名人コブラ』に対して3部門(相振りB級その他・相居飛車・対抗形)全てで勝ち越すという完全勝利を果たした。
水匠は2020年の選手権オンライン大会で優勝した、やねうら王が元となっているソフトだ。
これはいわゆる『NNUE系』と呼ばれる、CPUで動く従来型のソフトであり、一般のパソコンでも高いパフォーマンスを発揮できる。
その強さと使いやすさから、多くのプロ棋士が研究に取り入れていることでも知られている。
これまで水匠は、相居飛車に特化して強化されていたため、振り飛車が苦手であるという弱点があった。
このTSECで優勝したことで、その弱点も克服したと証明されたのである。
しかし杉村には、気になる存在があった。
ディープラーニングを使ったソフト――山岡忠夫の開発した『dlshogi』である。
dlshogiは第1回電竜戦で優勝したGCTの元になっているソフトだ。
当時の心境を杉村はこう語る。