「技術的に言うと……たとえば、円周率。コンピュータが何桁まで計算できるかという、あのギネス記録をどう検証するかなんですが――」
「あれ、2通りのプログラムを使って検算するんです。1つのやり方だけでは、それが正しいかわからない。だから全く別のアルゴリズムで、すべての桁が一致するかを検証するんですよ」
「それと同じように、全く違う構成原理で作られたプログラムを使って検証しないと、自分のソフトのバグとかを発見しづらいわけです」
「だから、2つあるというのは、すごく大事なことなんです」
「Aperyしかり、dlshogiしかり、やねうら王系ではないソフトが存在するからこそ、やねうら王も強くなれるわけです」
では、今回の長時間マッチの結果は、やねうら王にとっても歓迎すべきものだった?
そう問うと、磯崎はノータイムで頷いた。
「もちろんです」
『なぜ、今回のタイミングでバグが出たのか?』
やねうら王のバグが発見された技術的な原因については、第一譜で述べた。
しかし山岡と磯崎の話を聞いた後だと、極めて再現性の低いバグがこの一戦で現れたというのは……象徴的なものを感じてしまう。
やねうら王を拒み続けた山岡の信念。
やねうら王をデファクト・スタンダードにするべく走り続けた磯崎の信念。
2つの信念がぶつかり、dlshogiがやねうら王を『検算』することで、バグをあぶり出すことになったのではないか。
それは、冷たいロジックで構成された将棋ソフトが人類に見せてくれた、ちょっとした奇跡なのかもしれない。
しかし山岡の信念が全て、dlshogiの強さに繋がっているわけではない。
世界で初めてディープラーニング系のソフトで大会に優勝したのは、山岡ではない。
その人物がいたからこそdlshogiは誰も予想しなかったほどの速度で強くなった。
次の第三譜では、その人物の言葉と共に、第3局を振り返ろうと思う。
dlshogiチームの一員であり初代電竜の称号を持つGCTの開発者――加納邦彦である。
(第三譜につづく)
第一譜『水匠』杉村達也の挑戦 |
第二譜『dlshogi』山岡忠夫の信念 |
第三譜『GCT』加納邦彦の自信 |
第四譜『プロ棋士』阿部健治郎の未来予測 |