最強CPU将棋ソフト『水匠』と最強GPU将棋ソフト『dlshogi』が対決するイベント“電竜戦長時間マッチ「水匠 vs dlshogi」”が、2021年8月15日に実施された。

 ともにトップクラスの強さを誇る最高峰の将棋AIが激突したこの対局を、開発者は、プロ棋士は、どう見ていたのか。

 ライトノベル「りゅうおうのおしごと!」作者である白鳥士郎氏による観戦記を全4編に渡ってお届け。電竜戦長時間マッチの舞台裏を紐解いていく。

ADVERTISEMENT

※インタビューは2021年8月24日に行われ、棋士の肩書き・段位等は当時のものになります。

第一譜『水匠』杉村達也の挑戦
第二譜『dlshogi』山岡忠夫の信念
第三譜『GCT』加納邦彦の自信
第四譜『プロ棋士』阿部健治郎の未来予測

取材・文/白鳥士郎

「バグが原因で勝ったと思われるのは、嫌だな」

 第1局に勝利した瞬間、山岡忠夫の心に真っ先に浮かんだのは、そんな思いだった。

 『やねうら王』に存在したバグ。
 山岡はその存在に全く気付いてはいなかった。そもそも山岡は将棋ソフトを開発する際に、盤面や読み筋はおろか、評価値すら見ることがない。だからバグを知らないのも当然といえた。
 では、山岡は何を見て開発しているのか?

「基本的に、見るのは勝率と正解率です」

 正解率とは、長時間の対局で『dlshogi』が指した手と同じ手を、ニューラルネットで予測して時間を使わず指すことができるかどうか、その割合を示す。
 この精度が高ければ高いほど、dlshogiが強くなっているということを意味する。

 だから山岡はdlshogiがどんな将棋を指すのかをほぼ知らない。将棋を指さず、将棋番組も見ないため、そもそも将棋の対局を見る機会もあまりない。
 ただ今回だけは、長時間マッチに備えて数回のテスト対局を行った。

「杉村さんとの初期の打ち合わせでは、タイトル戦みたいに二日制でやるといったような話もあったような気がします(苦笑)。それはさすがに……」

 最初は気軽に引き受けた山岡だったが、名人が解説するなど話が次第に大きくなっていくにつれて、さすがに緊張するようになっていった。途中で止まってしまうような事態は避けたい……。