「定跡を作る際に1手5分ほど考えさせたことはあったので、まあそれくらいまでなら大丈夫だろうと」
テスト対局はdlshogiがちゃんと最後まで動くかどうかを確認するためのものだったが、思わぬ発見もあった。
「持ち時間が短い場合、dlshogiの初手は、飛車先の歩を突く2六歩です。しかし事前のテスト対局で……dlshogiはなぜか角道を開ける手を指し始めたんですよ!」
これが何を意味するのか?
なぜdlshogiは持ち時間が長いと角道を開けるのか?
先手番で比類ない強さを発揮するdlshogiが選んだからには、きっと何か意味があるのだろうが……山岡には、そこまではわからない。
「テスト対局では、対局数は少ないものの、先手だと水匠に全勝でした」
「だから、悪い戦法ではないんだろうな……とは思っていました。けど、本番までに水匠も何か用意しているはずですからね。楽観はできません」
そう。山岡は完全勝利を目指していた。水匠に……いや、その元となっているソフト、やねうら王に。
マシントラブルさえなければ、先手は勝てる。だから勝負は後手番。
この第2局がどうなるかを、山岡は最も注目していた――
将棋ソフト開発における最大の壁「やねうら王」
山岡が将棋ソフトを作り始めたのは、ディープラーニングの技術が人類に大きな衝撃を与えた、あの事件がきっかけだった。
「もともと『Bonanza』が登場した頃から、開発者である保木さんの論文を読んだりはしていました。実際に作り始めたのは『AlphaGo』が登場してからですね。そのクローンを作ったりしていたんですけど……」
山岡が最初に作ったのは囲碁のソフトだったということになる。
では、なぜ将棋に舵を切ったのか?
「そっち(囲碁)は、中国の企業などが取り組んでいたので。個人でやっても勝つことは多分、できない」
「けど将棋はまだ取り組んでいる人が少なく、Googleも『AlphaZero』を発表する前でしたから。それで強くなることを示せたら、意味があることかなと」