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連載日の丸女子バレー 東洋の魔女から眞鍋ジャパンまで

「指が折れていようと、私はコートに立ちますから」〈28年ぶりのメダル〉を日本女子バレーにもたらした竹下佳江の覚悟

日の丸女子バレー #1

2021/12/11
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眞鍋ジャパンが女子バレーを変えた

 女子バレーは変わった。誰もがそう思った。

 28年間閉ざされていた重い扉をこじ開けた眞鍋が言う。

「ロンドン五輪のターニングポイントになったのは、8月7日に行われた準々決勝の中国戦でした。これまでの五輪で一度も勝ったことのない中国を破らないことには、メダルはないと考えていましたから」

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 眞鍋が胸を張って言うように、この中国戦に全日本女子のすべての戦術、戦略、チームワークが表れたといってもいい。

 同じアジア圏でありながら中国は、13億人の中から選りすぐられたエリート集団で構成されているせいか、高さやパワーは欧米並みだ。その上、アジア人特有の器用さも持ち合わせている。そんな中国に対し、日本は国際大会やアジア選手権、あるいは親善試合でさえことごとく退けられ、最も苦手な対戦国と言ってよかった。

 五輪ではロサンゼルス大会準決勝で敗れて以来、4度対戦しているが、いずれも中国が完全勝利。日本はいわば、中国にとっては与(くみ)し易い相手だった。

 この運命の日、コートに立った中国は悠然としていた。日本を簡単にねじ伏せられるという自信に満ち溢れている。エースのオウ・イメイは、巨体から繰り出す強烈なスパイクを日本のコートに叩き込む。しかし、その炸裂弾をリベロの佐野優子、セッターの竹下、エースの木村が拾いまくり、木村、江畑幸子の日本の主砲がストレート、あるいはクロス、またあるときはバックアタック、そして相手の意表を突くフェイントでポイントを重ねていく。

ロンドン五輪を率いた眞鍋正義監督 ©文藝春秋

 サーブで日本は徹底して17番のチョウ・ライを狙った。機動力のあるチョウ・ライを封じることによって、中国が得意としている速攻を止める狙いだった。針の穴を通すほど正確なサーブを磨き上げて来た日本は、この作戦を徹底して遂行した。第1セット28対26で日本、第2セット23対25で中国、第3セット25対23で日本。どちらに転ぶか分からない紙一重の闘いが続く。

 第4セット途中で痺れを切らした中国は、17番に代えて攻撃力のある12番のソ・シュンライをコートに送る。12番のデータは日本にないと踏んで動揺させる作戦だった。だが日本は動揺するどころか、再び狙い定めたようにサーブでソ・シュンライを攻めた。このメンバーチェンジは日本の想定内。彼女の弱点も丸裸にしていたものの、このセットは再び中国に奪われてしまう。

 2−2にもつれ込んだ第5セット。序盤は8対6と日本がリードを奪ったが、中国もアジア女王のプライドを発揮し、3連続ポイントを重ねて13対13で終盤を迎える。

 レシーブが乱れたボールをリベロの佐野が江畑にトスしたところ、江畑はスパイクをミスし中国に15点目のマッチポイントを献上。一転して状況が日本不利に傾いた瞬間、セッターの竹下は常識では考えられないような行動を取った。Aパス(セッターの位置に正確に返す)されたボールを、再び江畑にトスしたのだ。

 確実に1点を取ろうとするなら、ミドルブロッカーの速攻を使うか、信頼感のある木村に打たせるのが定石。もし、江畑がミスしてしまえばロンドン五輪は終わる。しかし、勝負の剣が峰で竹下は江畑に打たせた。そこにこそ、このチームの強さがあった。