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連載日の丸女子バレー 東洋の魔女から眞鍋ジャパンまで

2021/12/11

「指1本失っても、残りの指で何とかしてやる」

 日の丸の重さ、あるいは五輪の重み――。オリンピックに出場する日本人選手なら誰もが口にするが、その重みをどれだけ感じているかとなると、選手個人によって大きく違う。女子バレーのメダルが当たり前だった時代、選手の誰もが真っ先にこの言葉を口にした。そこには日本の期待を背負う決死の覚悟が見えた。しかし、時代が変わるにつれ、その言葉も淡白になった。

 そもそも、選手本人の五輪に対する胆の据え方は他人には伝わり難く、観念的な言葉とも言えた。だが、ロンドン五輪での女子バレーの面々からは、久々にこの日の丸を背負うという言葉を具現化する決断が随所に見られた。

 竹下が静かに語る。

「五輪ではなく、ほかの国際大会だったら、私はコートに立っていなかったと思います。でも、五輪が目の前に迫っている以上、私の頭の中に『出場しない』という選択肢はありませんでした。指1本失っても、残りの指で何とかしてやるという思いしかなかった」

ロンドン五輪、満身創痍で戦い抜いた竹下佳江選手 ©文藝春秋

 眞鍋は半ば呆れながら、そして竹下を称えるように言う。

「すごい女性です。僕も同じセッター出身だから分かりますが、僕だったら絶対にコートに立てなかった。彼女の五輪に賭ける執念に身震いしそうになりました」

 実は、日本の司令塔である竹下は、オリンピック直前のスイス合宿で左人差し指を亀裂骨折していた。その怪我をおして大会期間中、何事もなかったようにトスを回し、レシーブに入り、2メートル3センチのロシアのガモアのスパイクにブロックまで決めている。

 ロンドン五輪開幕2週間前、全日本はスイスのグシュタードで最後の合宿に入った。

 メダル獲得に向け、メンバー全員に心地よい闘志がみなぎっていた。エースの木村は、これまで出場したアテネ、北京とのチームの雰囲気の違いからも、期待に胸を膨らませていた。

「以前の2大会は、オリンピック直前になるとスタッフも選手もピリピリし、なんか心ここにあらずという雰囲気があったんですけど、ロンドン前はみんなが明るいし、いつもと変わらずに過ごせて、むしろ、またみんなと一緒に試合が出来る楽しみの方が大きかった。オリンピックよ、さあ来い! という感じでした」

 指揮官の眞鍋も、選手のそんな様子を見ながら、「この3年半、やれることは全部やった。いい準備が出来た」と、心は凪(なぎ)のように穏やかだった。

 スイス合宿も終盤に入り、最後の調整としてスパイクレシーブの練習をしているときである。男子コーチのスパイクしたボールが、竹下の前でイレギュラーし、左人差し指を襲った。