文春オンライン

《ウクライナ軍事侵攻》「頭の中が100年単位で古い」プーチンの“あまりに特殊な国家観”

小泉悠氏インタビュー #1

2022/02/26
note

「もし、そのまま…」ロシアの“if”

――自信を取り戻したんですね。

 自信が戻ったのは、もう一つ要因があります。アメリカとの相対的なパワーバランスです。

 つい10年前まで冷戦をやっていたわけですから、ロシアは冷戦後もずっとアメリカを気にしていて、なかなか頭から離れない。ちょっとロシアが弱ったら、またこいつらがつけ込んでくるのではないかという気持ちがすごく強かった。

ADVERTISEMENT

 しかも、90年代はメチャクチャになったロシアに対して、アメリカは経済も順調。IT革命みたいなイノベーションも起こして全然衰える様子がなかった。それが2000年代になってくると、アメリカはリーマンショックを食らってだいぶ弱った。しかも、そこにインド、中国、ブラジルなど他の新興大国が伸びてきた。

 そこでロシアは、パワーバランスがだいぶ相対化されたのではないかという、ちょっと楽観的な認識を持ったわけです。アメリカはもちろん、まだ強いんだけれども、だいぶ相対化されてきて、ロシアにとって悪くない世界に近づいたというように、2000年代にロシア側は見たのです。

――2000年代は、経済発展が著しかったブラジル、ロシア連邦、インド、中国、南アフリカ共和国の5カ国の頭文字を取って、BRICS(ブリックス)と呼ばれていた時代ですね。

 もし、そのままロシアの経済が順調に伸び続けていれば、ロシアは平和的台頭を果たすことができたと思います。2009年のロシア政府の政策文書『2020年までの国家安全保障戦略』では、2020年までにGDPで世界トップ5に入り、イノベーションも起こして原油依存経済もやめるとあります。実際に、2013年には購買力平価で世界第6位までGDPが上がる。

 しかし、急ブレーキがかかりました。1つは、2014年からの原油価格の急激な低下。もう1つは、2014年2月にロシアがクリミア危機を起こしてしまったことです。

クリミア侵略はなぜ起こったのか

――どうしてそんなタイミングでクリミアを侵略したのでしょうか。経済制裁の可能性は検討されなかったのでしょうか。

 ロシアからしてみれば侵略じゃないんですよね。あくまで「防衛的行動」を取っただけだと思っている。

 さきほどから説明しているロシアの世界観で言うと、ウクライナをはじめとした旧ソ連の国々は「半人前」の国家です。「その保護者は誰?」というと、ロシアであるという気持ちでいる。

 要するに、「君たちは一応独り立ちしてお家をもらったけど、まだ僕の保護下だよね」と思っていて、半人前なのだから、「親の知らないところで勝手なことしちゃ駄目だよ」と。クリミア侵攻の時は、ウクライナちゃんがフラフラとNATOのほうに付いていこうとしたので、ロシアは「駄目だぞ」といって、ゲンコツでポカッとやった。その程度のつもりでいるんですよ。

――旧ソ連諸国には、いまだ「保護者」として振る舞うわけですね。

 ロシアの世界観では、まだ危なっかしい独り立ちできない旧ソ連の子たちをアメリカがたぶらかそうとしていると思っている。

 ウクライナのオレンジ革命、グルジアのバラ革命、キルギスのチューリップ革命……。2000年代に一連の民主化革命が旧ソ連の国々で起こりました。普通なら、「それらの国の政府が汚職にまみれていてパフォーマンスが低かったから、国民に見放されたんだ」と理解するわけですが、ロシアの見方は違います。「これはアメリカの陰謀なんだ」と理解するわけです。全部アメリカが裏から糸を引いていると。

 さらに2010年代にアラブの春が起きると、また同じように理解する。「あれもこれも全部アメリカが内乱を人為的に引き起こして、気に入らない政府をつぶして回っているんだ」というわけです。

 そんななか、2014年にキエフで政変が起き、クリミア侵攻につながっていく。ロシアからすれば、「保護下にあるまだ無力で未熟な国々を、アメリカは裏から操って、そこでこういう政権崩壊を引き起こした。われわれが素早く入っていって守らなければ」という認識で介入したわけです。

 でも、当然これはわれわれ西側の人間から見たら、「なんていうことをしてくれるんだ!」という話になりますよね。挙句の果てに、クリミア半島を併合までしてしまう。クリミアって大きいんですよ。九州の7割ぐらいの面積があるので。そこに200万人以上が住んでいるというものすごく大きなところを、軍隊で占領して、併合してしまうって、19世紀みたいですよね。

小泉悠氏 © 文藝春秋

 実際、ドイツのメルケル首相は「19世紀とか20世紀前半みたいな振る舞いだ」という言い方をして批難しました。われわれからすると受け入れがたいし、やはり危険だと見えるわけです。