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行ってないのに「名古屋に急行」!? 警官“電殺”事件であり得ない虚報が続々と生まれた理由

行ってないのに「名古屋に急行」!? 警官“電殺”事件であり得ない虚報が続々と生まれた理由

亀戸警官「電殺」事件#1

2022/05/01
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「有力なる嫌疑者」は36歳の作業員だったが…

「有力な(る)嫌疑者」。4月7日付朝刊は各紙一斉にこう報じた。捜査本部に連行されたのは亀戸町に住む36歳の電気工事作業員。

嫌疑者登場(東京朝日)

 有力な証拠とされたのは、右手の親指と人差し指に包帯をしていたこと。「これは凶行の当夜、犯人自らも電流に感じて負傷をしたものらしく……」(東朝)という疑いだった。

 さらに普段から素行が悪かったうえ、「被害者喜一の女房が浮気したという町内のうわさの男もこの人物らしく……」(都新聞)という理由もあった。スキャンダルに固執していたのか。東日などは「恐らくは犯人ならん」と見出しで強調した。

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 ところが翌4月8日付朝刊になると――。「第一嫌疑者は放免」(東朝)。東日には、記者に対して本人が語った内容が載っている。

「6日の夕刻、所用先から帰宅すると、警視庁の兼子刑事が見えていきなり私に向かい『とぼけるな白状しろ。電信柱に登った覚えがあるだろう』などと言われた。『商売上、電信柱に登ることはありますが、どこの柱ですか』と聞くと、例の亀戸事件のことだと聞かされて、私は一向に覚えがないことなのに、そのまま引っ張られて取り調べられたのです。私の負傷は仕事中、脚立から落ちたので、実にばかばかしい話です」

迷宮入りか、捜査体制縮小(時事新報)

 捜査も相当ずさんだったことがうかがえる。東日は今度は「電流事件は愈ゝ(いよいよ)迷宮に入る」の見出しを付けた。ほかにも、「保線工夫」ら、五十嵐みさをを含めて数人が容疑者として召喚されたが、全て「シロ」に。新聞紙面には事件解決への展望と失望が繰り返し展開された。

本部近くに記者のたまり場ができて…

事件を取材した記者の生態を描いた記事(「サンデー」より)

「サンデー」という雑誌の1913年5月号に「新聞記者を中心とせる亀戸電流事件」という記事が載っている。容疑者逮捕前に書かれたとみられ、無署名だが、筆者が記者であるのは間違いない。事件の取材の裏側と当時の記者の生態があからさまに見える。要点をピックアップしてみる。