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9. 容疑者がシロになって刑事たちも落胆していたが、「もう毎夕新聞で捕らえてくれたからいいじゃないか」という刑事も。「毎夕G君、例の筆法で犯人は既に捕縛されたと、うその記事をその前日紙上に掲げたからだ」

10. 長期戦になると、捜査員もだれて、記事も調子が狂ってくる。「報知は、行きもしないのに、紙上で兼子刑事を名古屋に飛ばし、やまとは、やはり刑事の1人を小田原にやった。朝日のごときは、妙な所で発見した大ナタを事件と結び付け、刑事の1人から『君のところは大ナタを振るっていたが、あれはナタとヨタの間違いじゃないか』とダジャレを言って、同紙のA君はやゆされる始末だ」

 毎夕のその記事は保存されておらず読むことができない。報知は確かに4月8日付朝刊で犯人の逃亡先捜査として「新事実の發見 刑事名古屋に急行」と報道。その後も「名古屋での活動」などと継続して伝えている。

報知は「刑事を名古屋に飛ばした」

 やまとは4月10日発行の11日付夕刊で、刑事を鉄鋏の捜査のためとして「小田原方面に飛ばした」。東朝も4月8日付で「怪しき大鉈(なた)」の見出しで、本所の米屋のゴミ箱から見つかったナタを事件と結び付けて書いている。

虚報?「怪しき大鉈」発見を報じた東京朝日

なぜここまで虚報が続くのか

 ただ、「名古屋行き」は他紙も“後追い”しており、それが全部虚報なのか……。「サンデー」の記事は直近に書かれたもので信憑性は高い。それにしても、いまなら大問題になるようなことがあっけらかんとまかり通る世界。報道倫理など存在せず、それを不思議とも思わない取材態度だ。新聞の事件記事はその程度のものだと、記者自身が思っていたのだろう。

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 昔、数少ない大学出のエリート記者は政治部や外信(外報)部などに配属されて海外や中央官庁、大企業を担当。事件取材などしなかった。それ以外の学歴のない記者は事件・事故や市井雑事の出来事を追いかけ、「抜いた」「抜かれた」の特ダネ競争にしのぎを削った。

 服装もエリート記者は三つ揃えのスーツなのに、事件記者はほとんどが着物に草履、鳥打ち帽。違いは歴然で、そうした“差別構造”が新聞業界には根強くあった。現在の視点から記者の大先輩たちを強く批判はできないが、あきれるのと落胆でため息が出る。