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 同じ日付の東朝と報知、時事新報は、小守が出獄後の布施弁護士宅で「警視庁の1カ月というものは、実に人間として経験することができない、また言語に絶した生き地獄の惨苦をなめさせられました」(東朝)などと訴えたと報じた。布施弁護士も「人権蹂躙の甚だしいもので、実に危険千万」と非難した(東朝)。

 時事新報には小守逮捕当時の捜索係長で早稲田署長になっていた星加警視の談話が載っている。

「いま新犯人が出てみると、全く自分らの誤りだったと思わねばならぬ。ただし当時は寸毫(すんごう=ごくわずか)も疑う余地がないものとしていたのだが。自分も当時の関係者として幾分の責任はあるようなわけである」

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 3紙は同じ紙面で、石井藤吉がお春殺しで起訴されたことも伝えている。これで小守は「シロ」と決まったと思われたが 1月27日付時事新報は、警視庁の橋爪捜索係長が、小守を犯人と見た理由を列挙して「果たしていずれが真の犯人なのかは、公判の結果を待たなければ断言できない」と主張。拷問の事実を認めなかったと書いた。

「1つの事件に2人の犯人」前代未聞の状況に…

 1月29日、小守の弁護団の糸山貞規弁護士が担当の中村正臣検事に面会したことが東朝、読売に載った。

 糸山弁護士が検事の公判放棄と無罪宣告を求めたのに対し、検事は「お春殺し事件については、別に石井藤吉を犯人として起訴した今日、なるべく速やかに公判を開き、小守の結末をつけるべきだと考えるが、事件を慎重に取り扱おうとするためには、新被告石井の予審決定を待って小守の公判を開廷するのが適当だと信じている」(東朝)と述べたという。

「ここに1つの殺人に対して、共犯でもないのに、2つの被告事件が併行するという、前代未聞の奇怪事が起こった」。森長英三郎「史談裁判」はこう指摘。

 東京地裁の指導係検事だった小泉輝三朗も、裁判記録を基にまとめた「大正犯罪史正談」(1955年)で「明治、大正、昭和を通じ、他に類のない前代未聞の疑獄難獄の話である」としている。

「1つの事件に2人の犯人というのはないから、普通なら、後の犯人が起訴された時に、前の犯人は釈放されなければならないはずであるが、この事件では、前の犯人も釈放されず、どちらも真犯人として、一方には予審が、他方には公判が別々に進行した。ここが前代未聞というゆえんである」(同書)

「前の犯人も釈放されず」は誤りだし、実際は、石井の予審と公判中、小守の公判は停止されたが、異例だったことは間違いない。布施辰治弁護士は「鈴ヶ森お春殺しの疑獄」で「殺人犯人が2人までできたとは随分けしからぬことではないか」と怒りを表している。

「石井の無罪をそのままに見送ることができず、さりとて小守をサッパリと見切ることできない」?

 時事新報は1月31日の社説「無辜(むこ=罪のないこと)の罪人」で、小守について「早く裁判を進めて青天白日の身にしてやるべきだ」と述べた。