いま、標高1500メートル以下の「低山」を訪れる人が増えている。
その火付け役となったのが、画家であり、低山歩きの名人でもある小林泰彦さんが選りすぐりの山々を紹介した『日本百低山』(文春文庫)だ。本書を参考に、酒場詩人の吉田類さんが日本各地の低山を歩く『にっぽん百低山』(NHK総合)が放送されるなど、低山ブームは高まるばかり。
ここでは、このたび電子書籍化された『日本百低山』から一部抜粋して、小林泰彦さんが選ぶ「おすすめ低山・東日本編」を紹介する。(全3回の1回目/西日本編を読む)
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その1、函館山(北海道・渡島半島)
標高334メートル(御殿山)の函館山ではあるけれど、函館のシンボルという以上に、全国的な知名度、抜群の展望、そして豊かな自然と数奇な歴史に彩られたこの山は、低山の横綱といってよいかと思う。
函館山は明治の昔から昭和の敗戦まで全山が要塞、立入禁止で、そのために自然が保たれたのかとも思うが、その要塞の跡も、歩くと次々と現われて、かつてこの山で何が起きたのかをさまざまに想像させる。
歴史といえば、伊能忠敬が北海道で初めて実測地図を作るべく測量を始めたのが、この山だそうだ。
そんな函館山を歩こうと思って、日ざしの暖かい秋のある日、立待岬にやってきた。ここは山の東端に当たり、これから西端の観音山まで、函館山の全山縦走である。
波が砕け散る立待岬の岩場を眺めてから、山の北面へ向かう車道を辿った。雑木林の色づきはさすがに内地よりも早く、日陰は肌寒いが乾いた空気が心地よい。
七曲りコース登山口という道標がすぐに見つかって、ハイキングの始まりだ。いきなり折り返しの急登になって、せっせと登ると「マムシに注意」の立札があるが、それにもめげずに登って、雄大な津軽海峡を眺めるところに出た。
地蔵山見晴所とあり、光まばゆい海の向こうに下北半島のシルエットが浮かんでいる。コース中の急登はここだけで、このあとはほとんど登りがない。
見晴所からカシワの林を抜けて行くと、海上保安庁や無線中継所のアンテナ群に出合い、これが地蔵山。さらに落ち葉の散る雑木林を行くと突然開けた草地に至り、これは千畳敷の一部で、高みに登ると眺めがすばらしい。
主峰御殿山の向こうに渡島駒ヶ岳、悠然とあるのは横津岳、アンテナ群の向こうには恵山、振り向けば津軽海峡が広がっている。
いまわしい戦争のあとが…
高みの脇に草に埋もれた古い構造物が見つかり、これが要塞跡に違いない。破壊されて原形を想像しにくいが、レンガ積みの地下室から壕がのびて、先の方へつながっている。入ってみると確かに軍事施設らしいつくりで、秘密の要塞に迷い込んだ気分になった。