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 しかし高曇りのせいで、すっかり姿を現わしているものの妙に平面的な感じで、同行者が、なんだか舞台の背景みたい、とつぶやいた。確かにその通りで、富士には違いないのだが妙な感じだ。

 長尾山への稜線の登りは土質が緩くて、霜どけや雨上がりには歩きづらいところだ。この日もその霜どけがひどく、靴底の泥を何度も落としながら歩いた。

 長尾山の山頂は南側が開けていて、カルデラの眺めがよい。長尾山と長尾峠はなぜ離れているのだろうと、いつも考えることをまた考えた。

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 いぜんとして霜どけの道を行くとブナが現われ、アセビがあり、ヒメシャラもあって、箱根らしい気分になる。

 下りきった鞍部は小さな岩場で、親切に鎖まで付いている。登ったところはササと低木の原になっていて、ここもまたカルデラ側の眺めがよい。箱根の平らなところはほとんどゴルフコースであると、この辺へ来るといつも思う。

箱根のカルデラである。大涌谷の噴気はどこまでが蒸気で、どこからが雲か見当がつかない。平らなところはゴルフコース。©小林泰彦/文藝春秋

 再び下り、雑木林とササの中を急登少々で、岩が重なる金時山山頂に着いた。

 富士の右に遠く、ほとんど白くなっている北岳が見え、その右にほとんど雪のない鳳凰三山が、はっきり見えた。

 山頂に二軒の茶店が毎日営業しているのも、人気の山の証拠だ。片方は金時娘の茶店で、外でお客と記念撮影をしている年配の女性は、昔、金時娘といわれた人に違いない。もう一方は金太郎グッズを売っている金太郎茶屋だ。

 視界はあるのだけれど、曇り空でどうも気分はいまひとつの山頂をあとに、矢倉沢峠をめざして急下降した。

 金時山の下りは分岐から金時神社への道と矢倉沢峠から金時登山口への道のどちらかだが、この日は後者にした。

 分岐を過ぎると箱根名物ハコネダケの大群生地で、いちばん箱根らしいところなのだが、視界を遮られて景色がまるで見えないのと、根に足をとられやすいのが困った点だ。

 矢倉沢峠もそのハコネダケの中にあり、うぐいす茶屋が淋しく閉じていた。(1989年初冬)

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