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 植林はなかったにしても、この同じ道を800年も前に若い親鸞がどんな気持ちで歩いたのかね、などと話していたら、元気のよい学生風の男性がひとりで足早に下ってくるのに出会った。

 すぐ左手でゴロゴロと機械音がするので何かと思ったら、八瀬から上ってくるケーブルカーの山上駅だった。何だかうらぶれた感じの駅だけれど、中に人ると昭和初期か大正頃の建物らしいおもしろい内装で、外側を改装しなければいいのにと思った。

 ロープウェイの下を通って、蛇ヶ池の人工スキー場まで車道を歩いた。ブラシを敷いたゲレンデでは、Tシャツ姿の若者たちがスラロームの練習をしていた。ゲレンデの脇を登ると、古びてはいるがアスレチックのエクササイズがいくつも設けてあった。ただし書いてある通りに、ぶら下がったりすると、たちまちこわれそうだった。

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 右に分かれる道があって「山頂園地」とあったので、往復してみた。10分ほどで四明岳の山頂に着いたが、この山頂は全部が遊園地になっているので、景色だけ見て分岐に戻り、延暦寺に向かった。

大きな闇とかすかな灯明、それを覆う巨大な屋根、それを支える大円柱、比叡山延暦寺根本中堂である。「敬虔」をテーマにした、環境デザインの古典だ。©小林泰彦/文藝春秋

延暦寺で「妙に感心」したこと

 だんだんとスギの巨木が目立ってきて、もう延暦寺の広大な寺領である。弁慶水を過ぎた先に巡拝券交付所があって、券を求めてから右手を見ると「智証大師御廟、山頂方面」とあるので、これが848メートルの山頂と気づき、往復することにした。

 御廟から無線中継所を通って、三角点のある大比叡山頂に着いた。駐車場付近の混雑とは対照的な、人のいない静かな山頂だった。

 延暦寺は東塔地区、西塔地区、横川地区と3つに分かれて数多くの塔頭が建ち並んでいて、とてもすべては巡れないので、有名な根本(こんぽん)中堂だけを拝観することにした。

 根本中堂では堂内で撮影をしており、その照明で見えたのだけれど、参詣人が上がる床の先の暗闇は、実はいちど地面のレベルまで下り、そこからご本尊のおわします厨子が床のレベルまで再び立ち上がっているのである。僧侶の説明でそれが分かり、ぼくらは妙に感心した。

 下山路は、旅装を修学院側に置いてきたために、入山路を逆に辿り、雲母坂を慎重に下って、白川通に出た。(1989年秋)