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「殺人鬼の自白に 重大なる疑問」

 同じ紙面には「佐太郎は 控訴か」という記事も載っている。その通り控訴し、東京控訴院で第二審が開かれることになった。5月22日、佐太郎の身柄は東京へ移送されたが、それから1カ月足らずの6月13日付東朝朝刊に「殺人鬼の自白に 重大なる疑問」という記事が掲載された。中心部分を見ると――。

 同人(佐太郎)の自白から新たに水戸地方裁判所下妻支部から東京控訴院に控訴された暴行犯人の上に重大な疑問が起こり、これがため、12日午後3時、東京控訴院から三輪裁判長、吉田、津村両判事、乙骨検事、新井書記の一行は水戸におもむき、実地検証を行った。

 この疑問事件の被告は茨城県真壁郡養蚕村(現筑西市)下中山、斎藤方同居、足袋底製造機械職工、青木徳治(47)といい、昨年3月7日、同村羽黒神社の境内で、下館町、篠崎呉服店女中(16)を暴行、絞殺した犯人として下館署に挙げられた。水戸地裁下妻支部の公判では中臺検事から無期懲役を求刑されたが、臼田裁判長は証拠不十分として無罪を言い渡し、検事控訴で東京に移送されたものである。ところが、前橋で死刑を言い渡された吹上の自白中に「羽黒神社でも少女を殺した」という一節のあることがこのたびはしなくも分かった。その真偽いかんは青木の審理に重大な結果を来すものとして、一行は特に吹上を伴って出発したのである。

「自白は新聞とうわさで作り上げた」

 ところが、2カ月余りたった同じ東朝の8月22日発行23日付夕刊には「三度引くり返つ(っ)た 少女殺し事件の公判 けふ(きょう)いよいよ最後の法廷に 殺人鬼の奇怪な陳述」の記事が。

佐太郎は茨城の事件を自供したものの、撤回して法廷を混乱させた(東京朝日)

 判・検事は昨年11月、吹上を下妻に召喚。調べると、犯罪発生当時、下館町で大工をしていた事実、犯人の服装がカーキ色であること、吹上が下館退去に際して証拠品を焼却したらしい形跡など、自白と証拠との一致が多かった。そのため22日午前11時から開かれた最後の公判に吹上佐太郎らを証人として調べ、青木は1年有余の未決からいよいよ解放される段取りとなった。然るに――。

 吹上はとうとうたる雄弁をもって理路整然と「自分は前橋の調べで、6件の犯罪があるといっても3件しか取り上げてくれぬので、その実を言うことをやめました。自白は私が得意の想像虚偽で、尋問に合わせて行ったのです」と下館の犯行を今度は全面否認した。「犯行時刻にはどてらを着て下駄屋と革屋に職探しに行っていたのが事実で、自白は新聞とうわさで作り上げた」と陳述したので、裁判長以下係官は大いに驚き、ひとまず別室で協議のうえ、中野検事は「事件は混乱状態に入った。さらに捜査を要するから1週間延期されたい」と申請したので審理を中止した。

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 裁判長や検事のろうばいぶりが分かる。全く人騒がせな……。「中野検事」とは佐太郎の控訴審と同じ中野並助検事のこと。井上泰宏「性の誘惑と犯罪」の「少女姦・吹上佐太郎」の項は中野が書いていると思われるが、こう指摘している。

「彼はとにかく任侠ぶったり駄ぼらを吹いたりする癖がある」

 この事件(佐太郎が公判に付された3件)のほかに震災後、千葉県と茨城県に各1件ずつ、同じような少女強姦殺人事件が起こったのであるが、これはそれぞれ嫌疑者が検挙されて取り調べ中であったのだが、吹上はこの2つも「本当は自分がやったのだ、自分のために罪なくして苦しんでいる両名は誠に気の毒だから、早く解放して私を起訴してくれ」と言うのである。なるほど、吹上はその当時、現場付近のある場所にいたことはいたのだが、彼はとにかく任侠ぶったり駄ぼらを吹いたりする癖がある。またそれぞれ拘束されている者は相当の嫌疑があればこそ予審に付されているのであって、彼の自供だけではめったに起訴はできない。それが吹上には気に入らぬのである。俺がせっかく無実の者を助けるため本当の事実を述べているのに、それを信用しないなら勝手にしろ。俺は犯罪全部を否認すると言うのだ。