「人を殺す場面を空想するようになりました」カウンセリングルームでそう話すのは、進学校に通う男子高校生。彼はなぜ殺意を持ち始めるようになったのか。公認心理師である長谷川博一氏が、その理由を紐解きます。
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カウンセリングに来た殺人願望を持つ高校生
中学や高校の生徒が、自ら学校外のカウンセリングを希望して足を運ぶことは稀です。大抵は保護者が子どもの異変を察知して相談に来てから、その流れで子どもに会うという展開になるものです。
高校2年生の聡くん(仮名)は、この年齢にしては珍しく自ら電話をし、カウンセリングを申し込んできました。相談内容は「誰にも言えないこと」でした。母親に、私を指定して「悩みを相談しに行きたい」と言い、了承を得て訪れたのです。そして会ってすぐに、そのことについて話し始めたのでした。
「先生の本を読みました。僕は本に出てくる人たちと同じです」
彼が読んでいたのは、殺人事件を起こした人たちとの対話を基にして書いた本でした。
「同じところがあると思うんだね?」と訊き返すと、彼は「はい」と言い、窺うように私の目を見ます。
聡 人を殺してみたいって考えてるのは、おかしくないですか?
――おかしいと思うの?
聡 はい。誰もそんなこと考えてないですよね。
――そうかなぁ。
聡 そんな話、友だちから聞いたことないです。
――人って、思っていることをむやみに外に出さないものだからね。
聡 先生、僕みたいな高校生はいますか?
聡くんは、自分が殺人願望を抱いていることが「おかしい」のかどうかに、思い悩んでいるようでした。この種の悩みは思春期男子に特有のものではありません。私が直接かかわっただけでも、女子中学生や主婦、男性実業家など、様々な人から聞いています。
これらの中に実際に人を殺めた人はいないので、そのような願望を持つ人たちの多くは、自分のことを異常ではないかと疑い、この観念にとらわれ人知れず苦しんでいるのでしょう。「おかしくないですよ」とアドバイスしたところで、煩悶は和らぎません。
慢性的な殺意を持たない人のほうが大多数だとは思います。それを持つ人たちに普遍ないくつかの共通項があるとしても、その人なりの独自性に着目して寄り添っていくことが、心理カウンセリングの視点では大切になってきます。
「聡くんのこと知りたいので、訊いてもいいかな?」
こうしてしばらく、彼につきまとう殺意の背景を知るための時間を過ごすことになりました。