一流紙である「ワシントン・ポスト」は、疑いもせず、そこに乗っかった。さらに、彼らは電子版に奇妙な見出しをつけている。本文では性暴力についてまるで出てこないのに、見出しは「私は性暴力に反対する声を上げ、世の中の怒りに直面した。これは変えなくてはならない」となっているのだ(この見出しは裁判でも争点のひとつとなった。見出しをつけたのはもちろんハードではないが、彼女はこの見出しの記事に自分のコメントをつけてツイートしており、異議はなかったと思われる)。
アメリカの主流メディアは果たして教訓を得たのだろうか
また、メジャーネットワークのNBCは、判決が出た半月後に、ハードの独占インタビューを行っている。DV加害者であることがわかった人物に嘘の上塗りをさせるために、ほぼ1時間近くの時間をあげたのだ。幸いにも視聴率は最悪で、NBCは、彼女のでっち上げなど誰も聞きたくないのだというメッセージを受け取ることになった。
それにしても、金曜に放映されるこのインタビューに先立ち、その週、朝の人気番組の枠を使って大々的に宣伝するなど気合いを入れていたことを考えれば、実に格好が悪い。
このように、まだハードをかばう雰囲気が、アメリカの主流メディアにはあるのだ。何も徹底的に叩けとは言わないが、彼女が夫にひどい暴力を振るい(指先切断という大怪我までしたのだ!)、離婚を切り出されたことに恨みを持って彼をDV加害者に仕立て上げ、人生を台無しにした事実に目をつむり続けるのは理解不能である。自分たちにやましいところがあるのなら、デップに謝罪し、以後は公正な報道をすればいい。
そういった態度に辟易した人々からは、「主流メディアはもう信じない」という声も多数聞かれる。編集もされない状態で裁判を丸々見た後では、余計にそう感じられてもしかたがない。また、この一連の出来事の中では「#MenToo」というハッシュタグもできた。女性は信じるべきだが、被害男性も同様だ。アメリカの主流メディアがここから何か教訓を学んだことを願うばかりである。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2023年の論点100』に掲載されています。