旭屋書店では、平井さんと同じく百貨店内にある店舗にいたこともあり、年配のお客さんも多く、時代小説がよく売れていたんです。でもTSUTAYAに来ると二十代のお客さんが多くて、売れ行きの傾向がまるで違います。前のお店ではたくさん売れていた文庫書き下ろしの時代小説が、ここでは一冊も売れないなんてこともあって。最初はびっくりしましたが、「読み継いでいくにはどうしたらいいか」と考えるようにもなりました。大変なことかもしれませんが歴史時代小説の読み手を育てていく姿勢も大事だと思っています。
今回は「若い人におすすめできるか」ということも考えながら、候補作を読みました。どうぞよろしくお願いいたします。
一同 (拍手)
――ありがとうございます。それでは、本題に移りましょう。5冊の候補作は、歴史時代小説に詳しい文芸評論家の縄田一男さん、末國善己さん、大矢博子さんの3名が今年度(2022年10月~22年9月まで)のベスト10を選定。複数の推薦のあった作品を候補としました。今年も、バラエティ豊かな読み応えのある五冊が揃いました。
『北斗の邦へ翔べ』谷津矢車
――箱館戦争を舞台に、家名復権を目指し戦う少年と、蝦夷地に流れ着いた新撰組の土方歳三を中心に据えた一作です。
谷津矢車さんはこれまで5度ノミネートされていて、毎回高い評価を得ています。
阿久津 谷津さんの作品となると、やはり期待が高まりますね。その分、厳しく見てしまうところもありますが、本当に面白く読みました。
主人公となる土方歳三の描き方も、一般的なイメージから離れすぎず、しかし最後には違いを見せてくるという絶妙な匙加減。まだお若い作家さんですが、大ベテランを思わせる技量をお持ちで、読み応えがあります。
市川 やっぱり土方ってみんながかっこいいと思うキャラクターですし、実際これまでたくさんの方が「絶対に外さない人物」として描いてきましたよね。阿久津さんがおっしゃる通り、谷津さんはそこに新しい土方像を作ろうとしている。司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』をはじめ、先人たちは旧幕府軍側の視点で、土方歳三を捉えてきました。そこに、市井の目線という新たな視点を、格好いい土方像を崩すことなく加えてきたのは「さすが谷津さんだ」と思いました。