今村さんはストーリーの作り方がお上手で、正統派の歴史小説を書かれますよね。同じ江戸時代初期を書いた木下昌輝さんの『孤剣の涯て』の強烈なインパクトとは違ったオーソドックスな良さがあって、ここは好みが分かれる部分でしょうか。
阿久津 タイトルについても、作者の力量を感じました。ありふれているように見えていた「幸村を討て」というタイトルが、読み進めていくうちに「これしかなかった」と納得できる。今村さんの小説にはエンターテインメント性を高いレベルで求めてしまいますが、きちんとそれに応えてくれていて「やっぱりいいな」と思わせてくれましたね。
市川 今作も今村さんらしく、涙腺を刺激してくる熱いお話でしたが、僕は以前この賞にもノミネートされた『八本目の槍』(新潮文庫)と、つい比較してしまいました。『八本目の槍』は「賤ケ岳の七本槍」と呼ばれた、秀吉の子飼い7人が主人公の連作短編。同じく子飼いで七人と対立していたと思われた、石田三成と実は深い部分では繋がっていて……という秀吉好きにはたまらないカタルシスがあったんですね。でも『幸村を討て』は、「結局、幸村は一体何者なのか?」という部分があまり描かれていないので、そこに違和感がありました。兄の信之中心で進む作品の方向性は理解出来るのですが、実際に兵を率いて歴史に残る大活躍をしたのは幸村に間違いはないので。
吉野 周囲の目から主人公の像を立ち上げる書き方は、今村さんが得意とされている手法とは思うのですが、『八本目の槍』と物語の構造が似ている点も少し気になりました。
私も礒部さんと同じく、『真田太平記』が大好きで、池波正太郎へのリスペクトが見えるシーンには、思わずゾクゾクとしてしまいました。一方で、未読の方がどう感じられるかなという懸念もあります……とはいえ、大津城を舞台に鉄砲職人と石垣職人の対決を描いた『塞王の楯』で直木賞を取らなかったら、この作品で取られたに違いないという出来栄えで、エンターテインメントとして、読んでいて本当に楽しかったです。