市川さんが先ほどお話しされていましたが、竹田市に行ってみたくなる小説ですよね。赤神さんは、戦国時代の大国・大友家を揺るがしたお家騒動を描く『大友二階崩れ』(講談社文庫)など、九州が舞台の作品を書かれるイメージがあります。もともと竹田藩に隠れキリシタンがいたということは知っていたのですが、これまで行ってみたことはなくて。実際にキリシタンが忍んで礼拝に行った洞窟なども残っているんですよね。この小説を片手に観光してみたい気持ちになりました。
『広重ぶるう』梶よう子
――梶よう子さんの『広重ぶるう』は、舶来品の顔料「ベロ藍」の青色に魅せられた江戸の浮世絵師・歌川広重の一代記です。
市川 タイトルだけ聞くと、一見、青の染料を探しに山へ行く物語なのかなと思うじゃないですか。青を探して秘境や山奥をみんなで奔走し、物語も終盤に差し掛かったところで「ついに……!」となる展開かなと予想してしまいました。ですが実際に読んでみると、江戸の市井の春夏秋冬が描かれ、町に暮らす人々の息遣いも感じられる、完成度の高い作品でした。「これぞ時代小説」という1冊ですね。
梶さんの描く市井の人々の物語がもともと大好きで、江戸弁でのやり取りを読むだけで満足できてしまうほど。梶さんは摺師の本も出していたり、絵に対する膨大な知識をお持ちの方です。版元と絵師との交渉の様子なんかも本作では描かれていますが、いかにもこういう場面がありそうだなと想像しました。時代小説に慣れている方なら「まさに時代小説」と思って、楽しんでもらえるかと思います。
吉野 冒頭から物語がすいすいと進んでいき、広重が人物を描くのを諦め、名所を描くと誓うまでの展開が非常に早い。中盤で「ベロ藍」に到達するんですね。重要な転換点をもう迎えてしまうのかと、正直びっくりしました。でもそこからさらに山あり谷ありの展開があり、クライマックスではきちんとまとまる。最後に待ち構えるメッセージにも、胸がグッと熱くなります。時代小説を読む楽しさを味わえました。