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女湯をのぞき目にとまった“26、27歳の美人”を暴行・殺害…「畜生に劣る色餓鬼」性犯罪者の代名詞となった男の犯行とは

女湯をのぞき目にとまった“26、27歳の美人”を暴行・殺害…「畜生に劣る色餓鬼」性犯罪者の代名詞となった男の犯行とは

「出歯亀事件」#2

2023/03/19

 池田亀太郎が親しく出入りした西大久保の植木屋の親分、伊藤鐵五郎は亀太郎の素行について次のように語った。「亀は一時あっしの子分でしたが、今日では縁も切っていますし、近来はまるで使ったこともありません。もっとも、以前から頻繁にあっしの家に出入りすることはありませんでしたが。やつは前歯が出ているので、仲間から出歯亀とあだ名を付けられていました。亀は元植木職でありますが、一時東大久保のとび職もやっていました。

 性質はとび職に似合わぬおとなしい方で、植木をやらしても、それはなかなか精を出し、職人としては決して悪い腕ではないのです。

 さっきよそから聞きましたが、幸田のご新造(奥さん)を殺したのはやつだと言いますが、実にびっくりしてしまいました。人は見かけによらぬものとは全くこのことでしょうよ。

「出歯亀の肖像」(東京朝日)

 記事の中では「出歯亀」に「でっぱかめ」の振り仮名が付いている。主見出しも同じ。読売と萬朝報でも、別の植木職やとび職の同業者が「出っ歯だから出歯亀と呼ばれていた」と証言している。「出歯亀」の「語源」は後で「出しゃばりだから」などの説が出てくるが、逮捕の段階でほぼ決定的な証言があったようだ。

 4月6日付朝刊では東朝と日本が同じ亀太郎の顔写真、東日には別の顔写真が載っている。東京二六新聞にも、東朝、日本と同じ写真と思われる不鮮明なはんてん姿の全身像が。

 また、何紙かに載っているが、実は4月5日には、亀太郎を同行させて「引き当たり」と呼ばれる現地調査が行われている。東朝は併用は挿し絵だが、同じ日付の「色魔の正体」が主見出しの萬朝報には遠景の写真が掲載されている。

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現場での「引き当たり」捜査の模様(萬朝報)

「女湯をのぞきつつ〇〇をなし……」

 東京二六新聞には逮捕の端緒かと思われるエピソードがある。前年の秋、新宿署管内派出所勤務の警官の娘が暴行された。警官は今回の事件が娘の事件と似ていると寝食を忘れて犯人探しに奔走。のぞきの常習者を追った結果、亀太郎が浮上したという。

「出齒龜は犯人に非ず?」「出齒龜非犯人の説」。そうした見出しが躍ったのは逮捕から約10日後の4月15日発行16日付都新聞夕刊と16日付読売、報知、國民の朝刊。「大久保犯人異説」が見出しの報知の記事を見る。

「出歯亀は犯人に非ず?」という記事も何紙かに載った(都新聞)

 近来の大惨事として都会を動かした大久保村事件の犯人、池田亀太郎は目下、原田予審判事の係で取り調べ中だが、予審終結を受け公判に移されるときには高木益太郎事務所員の弁護士、澤田薫氏が弁護を引き受けるはず。それは裁判所からの官選ではなく、大久保村役場職員の懇請から出たもので、職員と同村の4~5人の人々は、幸田ゑん子惨殺の犯人は、警官や検事の見るところと異なり、他に有力な嫌疑者か真の下手人があるとして澤田氏に依頼したものという。澤田氏もその方針に基づき、早くも反証の収集に着手し、奔走中とのこと。検事も真の犯人と信じて予審に付した亀太郎以外に犯人がいるかどうかはすぐには分からないが、聞いたままを記して公判で明らかになる事実と照らし合わせるべきだ。

弁護人宛ての亀太郎のはがき(時事新報)

 4紙に同時に載っているということは、澤田弁護士が各紙に売り込んだのだろう。ここで注目されるのは、地元の一部住民の間に「亀太郎は犯人ではない」という見方があったことだ。

弁護人の澤田薫。江戸時代の風流・艶笑文学の研究者でもあり「奇人」で知られた(「愛書趣味」より)

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