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「憧れからは抜け出さないといけない」藤井聡太20歳のことばから“無極の成長”を読み解く

「憧れからは抜け出さないといけない」藤井聡太20歳のことばから“無極の成長”を読み解く

2023/05/30
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 このインタビュー後、藤井は2021年6月から7月に行われた第92期棋聖戦で、タイトルの防衛戦を初めて経験する。相手は第90期の棋聖だった渡辺明名人。リターンマッチでもあるわけで、藤井にとって厳しい戦いも予想されたが結果は3勝0敗。そして、同時期に行われた、お~いお茶杯第62期王位戦でも豊島将之竜王(当時)の挑戦を4勝1敗で防衛して、竜王と名人の二人に大きな差をつけて退けた。特に王位戦前まで1勝6敗と負け越していた豊島を破ったことは壁を一つ超えたといえる。

リターンマッチを制して、初防衛を果たした ©文藝春秋

 その後、豊島の持つ叡王と竜王、渡辺の持つ王将と棋王を奪取して、2023年3月には六冠王に突き進んでいく。なお、今年1月に羽生善治九段との王将戦七番勝負に臨む前にも「挑戦者かタイトルホルダーかは、意識することではないと思う」と語っている。

結果よりも内容を重視する

 藤井は2021年7月に保持している棋聖を防衛。そのときの記者会見で「結果ばかりを求めていると、それが出ないときにモチベーションを維持するのが難しくなってしまう。結果よりも内容を重視して、1局指すごとに改善していけるところが新しく見つかるものと思う。完璧に指せたなという将棋は1局もない。強くなることで、いままでと違う景色を見ることができたらと思っている」と話した。

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 将棋に限らず、勝負の世界は結果が求められるもの。一見、矛盾しているようだが、結果は内容がよくないとなかなか出てこないものでもある。

 1996年、羽生善治九段は25歳で当時の七大タイトルを独占した。2006年の『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)でそのころを振り返って、「棋士になってまだ10年の話。これで終わりではなくこれから先が大事なので、それにたいして、どうしようかと思った」と述べていた。大きな目標を成し遂げたあとの戸惑いがうかがえる。

 将棋の世界は時代をさかのぼればさかのぼるほど、勝負としての観点が色濃い。羽生七冠のころは、現在よりは棋力向上の方法が漠然としていたし、将棋ソフトの実力はアマチュア初段程度で棋士が活用できるものではなかった。