3月8日、東京・将棋会館にて名人挑戦者を決めるA級順位戦プレーオフ、藤井聡太五冠-広瀬章人八段の一戦が行われた。
私は将棋連盟で藤井の姿をモニター越しに見つめていた。3日前に新潟で行われた渡辺明棋王との棋王戦五番勝負第3局で、自玉の21手詰めを読み切っていながら敵玉の11手詰めを逃してしまうという痛恨の負けを喫した。それから3日で、立て直せるかどうか、戦う姿を見てみたかったのだ。
魔術師のような「藤井の桂」に、見ていた棋士は言葉を失った
藤井優勢で局面が進むが、終盤に広瀬が、自陣にいた角を三角飛びで敵陣へ飛び込む勝負手を見せる。金取りの受け方が難しく、一緒に検討していた窪田義行七段と「歩を打つか香を打つか、とにかく持ち駒を投入するだろう」と話していた。
藤井は扇子を回しながら一心不乱に読んでいる。扇子を1秒間に10回は回しているだろうか。対局開始直後からスーツを脱いでいるが、それでも暑そうだ。特別対局室の空調を確認したら設定温度は20度で、暑いと感じるほどではなかった。パソコンのCPUのように脳がフル回転して発熱しているのだろう。
やがて藤井はすっと金を引いた。えっ、持ち駒を使わないの? 広瀬は端攻めを絡めて藤井玉に迫る。
次に金頭に歩を打つ手が厳しいが、どう受けるんだ? ところが、彼は受けなかった。わずか1分の考慮で自陣に桂を打つ。なんなんだこの桂は! いくら「桂は控えて打て」と言っても、中盤じゃないんだから。しかし検討してみると、この手で勝負が決まったことがわかり皆が驚愕した。歩を打っても取られ、馬が動くとつなぎ桂の桂打で広瀬玉が詰む。歩を打つ以外に詰めろはかからない。
また、変化手順の中には、桂を打ってわざと玉の退路を絶ち、自玉を打ち歩詰めにしてしのぐという妙手順も用意していた。藤井は魔術師のように自由自在に桂をあやつっている。もしトレーディングカードゲームだったら、「藤井の桂」は強力すぎて1枚制限になっているだろう。
11手詰めを逃した次にこんな将棋が指せるのか。見ていた棋士は皆言葉を失った。
羽生は6局すべて違う戦型にした
藤井聡太王将3勝、羽生善治九段2勝で迎えた第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は、3月11・12日に佐賀にて第6局が行われた。
羽生の戦型はプロ棋士の一番人気の角換わりに。だが腰掛け銀ではなく早繰り銀にした。私は新聞のインタビューで「通常の角換わりは指さないだろう」と予想したが、なるほど、普段指さない早繰り銀を持ってきたか。