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よく「AI時代の申し子」と書かれるが、それは違う

 やがて、羽生が形作りに詰めろをかけると、藤井の手はすぐに羽生の金を掴んで自分の駒台に置いた。この金は羽生が後悔した1手だった。角を切り、王手を続け、玉の腹に飛車を打ちおろす。

 羽生が頭を下げると、藤井も深々と頭を下げた。羽生が頭を上げてもまだ藤井は頭を下げたままだった。それは、羽生への敬意を示すかのように。

王将防衛を果たし、五冠をキープした藤井王将 写真提供:日本将棋連盟

 投了以下は、玉が上に逃げても飛車が横に回って詰む。角打ちも、飛車浮きも、銀打ちも、5筋の歩を突かせたことも、桂跳ねも、すべてはこの詰みのためだった。パズルを解きほぐすような、なんて美しい収束なんだろう。詰み手順の主役は中央に跳ねた桂馬だった。「藤井の桂」は1枚制限でもダメだ。もう禁止カードにしないといけない。

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 藤井はよく「AI時代の申し子」と書かれるが、それは違う。A級プレーオフでの控えの桂も、本局のこの寄せも、いくらAIで勉強しても会得できない。幼少のころから詰将棋をたくさん解き、終盤力を伸ばしたからこそだ。

 初代名人の大橋宗桂は、今から400年以上前にもう、打ち歩詰め打開の詰将棋も作っている。江戸時代の天才伊藤宗看・伊藤看寿兄弟の芸術的な詰将棋を、藤井は小学生のときに解いた。江戸時代から続く詰将棋の歴史が、令和時代に「努力する天才」を生んだのだ。

「いや、金寄られたら……」と人間離れした手を心配していた

 インタビューが終わってすぐに感想戦に。羽生が足を崩すと藤井も足を崩した。

 羽生は1日目にもっと動いて藤井陣をかき乱すべきだったと悔やみ、「金を上がったのが罪が重いんですねえ」と嘆いた。

 やがて藤井が桂を跳ねた局面に。羽生が「桂で取られて、それで参っているんですか」と言うと、藤井は「いや、金寄られたら……」と驚きの発言をした。私も深浦も田村も、顔には出さないようにはしていたが、内心びっくりしていた。

 感想戦終了後に田村は「大盤解説会でこの局面で次の1手を懸賞に出したんです。本命はもちろん歩打ちにしたんですが、携帯中継のAIが▲6八金を推奨していたんで、一応候補手に入れたんです。ですが、角は取られそうだわ飛車は成られるわで、意味が分からなかったんです。まさかこの手を心配していたとは……。藤井さんの読みは人間離れし過ぎていますよね」と呆れたような口調で語った。

 藤井の主張はこうだ。角取りに金を寄ると、銀を捨てて角を生還されて、銀得でも馬の存在が大きいので自信ない。また、飛車が成り込んでも、桂を銀でちぎってから反撃されて、これも大変だと。

 羽生は怪訝な顔で藤井が示す手順どおり進めていたが、やがて納得した声で、「ああそうでしたか、そうなんだ」と何度もくりかえし、「ちょっと苦しいかなと思っていたんですが、まだ難しいところもあったんですね」とため息をついた。