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苦悩の表情を浮かべていた羽生善治が笑い、藤井聡太も楽しそうに会話している《王将戦決着局、“宇宙人たち”の感想戦》

苦悩の表情を浮かべていた羽生善治が笑い、藤井聡太も楽しそうに会話している《王将戦決着局、“宇宙人たち”の感想戦》

プロが読み解く第72期ALSOK杯王将戦七番勝負 #6

2023/03/18
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 羽生は角換わりを150局近く指しているが、対一手損角換わりや対後手棒銀を除けば、早繰り銀は4局しか採用したことがない。しかも2021年8月のJT日本シリーズの千田翔太七段戦以来、1年半ぶりの採用だ。また、後手で対早繰り銀を迎え撃ったのも4局しかない。だが、昨年11月の永瀬拓矢王座との叡王戦で永瀬の早繰り銀に完敗しており、それが採用するきっかけとなった。

 これで七番勝負では一手損角換わり、相掛かり、雁木、角換わり腰掛け銀、横歩取り、角換わり早繰り銀と6局すべて違う戦型にした。

 対して藤井も早繰り銀は3局しか採用したことがないが、対早繰り銀は10局経験している。昨年は1月の渡辺明名人との王将戦第2局も、9月の豊島将之九段との銀河戦も早繰り銀だった。

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 ということで藤井は時間を使わず羽生-永瀬戦と同じ道筋をたどっていく。

 39手目に藤井は前例とは違う場所に角を打つ。銀取りに飛車を回った手には、桂を跳ねて銀を支え、銀交換後に自陣角を打って桂頭を守る。これが事前に用意していた修正案だった。

 羽生はここで攻めるのをやめ、自陣に手をいれた。対して藤井は金を開いて左辺を守り、右銀を進出して羽生の銀の動きを封じ、さらには右桂を跳ね出した。危険に見えるが、攻められても大丈夫と読み切っている。ここで羽生が封じ手にして1日目を終える。

1日目の終わり、羽生九段が封じ手を立会人の深浦九段に手渡す 写真提供:日本将棋連盟

2日目は銀で「藤井の桂」を封じる作戦に

 2日目、羽生の封じ手は銀打ちだった。「藤井の桂」を「銀」で封じる意味だ。

 対して藤井は居玉を解消し、飛車浮きで一呼吸置いてから、先手玉の頭上に銀の刺客を放つ。羽生は5筋の歩を突いて角の利きを止めるが、そこでガツンと銀をぶつける。わざと歩を突かせることが後に大きな意味を持つ。

 羽生が敵陣深くに角を打ち、藤井が底歩で受けたところで昼食休憩に。

高台の上にある大幸園は、見晴らしが素晴らしかった ©勝又清和

 そのころ私は、飛行機と特急とタクシーを乗り継いで現地についた。対局会場となった三養基郡上峰町堤の「大幸園」は標高80メートルと見晴らしが良く、まさに頂上決戦にふさわしい。控室に入り、副立会の田村康介七段と検討をする。田村は、藤井がリードしていると断言した。

「居玉のままで右桂を跳ねるとか、飛車浮きで間合いを図るとか、藤井さんの指し回しがうまいですよね」

敷地内には記念植樹もあった ©勝又清和

 やがて立会の深浦康市九段が、別会場で行っている大盤解説会から戻ってきた。早速棋王戦の話をうかがう。深浦はあの将棋でも立会だったのだ。

「左辺で玉と玉がぶつかり合う接近戦から、両者の玉が右辺に逃げていくという大熱戦でした。最後ににチャンスは来ましたが、苦しい時間が多く、時間に追われていましたし、1分将棋で詰みを逃したのも仕方なかったかと思います。で、終わった後、感想戦の前に大盤解説会場に向かおうとしたんですが、藤井さんはすぐには立てなかったんですよ。かなり消耗していましたね」

 私がA級プレーオフの話をむけると、「すぐに立て直せるのはすごいですよね。本局も冴えています」と感心した。