渡辺明も我々も、この世界で戦っていくしかない
もう藤井以前と藤井以後では、将棋の感覚がまったく変わってしまった。AIの影響はもちろんあるが、それだけではなく、藤井聡太自身が切り拓いている新しい将棋の世界に連れてこられてしまった。そしてもう戻ることはできない。渡辺明も我々も、この世界で戦っていくしかなくなってしまったのだ。
石川がこのカードで記録係を務めるのは、2年前の棋聖戦の防衛局以来となる。藤井が馬の利きに飛車をただ捨てした将棋だ。鈴木大介九段は、「一生に一度指せたらいいくらいの大妙手なのに、藤井さんはそれを1分で指すとはなんなんでしょうね」と嘆息していた。眼前であの手を見た石川は、どう感じていたのだろうか。
「そのときは双方1分将棋という状況だったので、秒読みしながら、どういう手を指してくるのか考えていたんですけれども、飛車引きはまったく予想していなかったので、最初は何を指したのか、何が起こったのかわからなかったんですよ。棋譜を入力して、秒を読まなければいけないので、終わるまで、わけがわからなかったですね。後で見たらすごい手だったんだなとわかったんですが(笑)」(石川五段)
千田翔太七段も「渡辺名人の強さの一端を知る身としては、衝撃的な展開」
私は、第3局での素晴らしい終盤戦を見て、渡辺がむしろ五分に戻すのではないかと思っていた。
個人的な話になるが、私は18年前、当時竜王2期の渡辺と順位戦で戦った。たった1手の歩突きでバッサリと斬られて、負けて悔しいというよりも、さすがは竜王と感心したことを覚えている。
いや、私だけでない。千田翔太七段もTwitterで「渡辺名人の強さの一端を知る身としては、衝撃的な展開でした。中盤で攻めが切れるのは想像しがたいです。名人が攻めに窮したのは、対藤井竜王用に新しい積極策を採用し、ギリギリの勝負をしていたからこそと思います」とつぶやいている。千田は2017年、渡辺棋王との第42期棋王戦五番勝負において、2勝1敗と追い込みながら渡辺の攻めに屈して連敗し初タイトルを逃している。その千田が「衝撃的」というのだから他の棋士も同様の感想を抱いているだろう。
そもそも渡辺より若い棋士で、タイトル戦番勝負で渡辺に勝っている棋士は藤井以外にいないのだ。
このまま藤井が名人奪取となるのか、次局先手番の渡辺が踏みとどまるか。名人位の行方だけではない、将棋そのものの大きな変化を我々は同時代者として見ている。第5局は5月31日~6月1日に長野県の藤井荘で行われる。