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 渡辺は角を引いて桂を跳ね、香も走って全軍に猛攻撃を命じる。藤井は香を取らずに歩を受け、渡辺が桂頭に歩を打った局面で1日目を終える。

名人戦は今期から記録係が2人体制に

 飛角桂香の4枚が攻めに参加し、先手の飛車は狙われそうな位置におり、しかも指揮をとるのは渡辺だ。攻めがつながらないわけがない。と、私だけでなく、プロ棋士は誰しも思っただろう。

第3局では雁木に誘導して勝利を収めた渡辺明名人 写真提供:日本将棋連盟

「取材した記者にうかがったのですが、渡辺さんは飛車浮きも予想していて、36手目に香を走るところまで予想の範疇だったそうです。ただ香を取らずに歩を受けたのが意外だったみたいです」(深浦九段)

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「私は振り飛車党なので、この将棋について詳しくないのでよくわからなかったですが、ただ、渡辺先生の攻めがつながってほしいなあ、という願望はありました。9筋も絡めて香も攻めに参加しているので」(石川五段)

 ところで名人戦は今期から記録係が2人体制となった。しかし、本局の石川五段は1人で務めていた。

「実は第3局は現地の控室に出向いていたんです。見ていて記録2人の交代制ってめっちゃいいなと。対局室では対局者と一緒に考えられるし、休憩中には検討に加われるし、両方できるってすごい勉強になるので。今回は三段リーグと日程が重なって三段が記録を取れなかったですし、福岡なので都合がつく棋士もいなかったので仕方なかったですが、1人で記録はとても寂しかったです(笑)」(同前)

渡辺の角引きを藤井は完全に無視

 私は第2局の封じ手開封を対局室で見た。そのときも藤井が封じたのだが、藤井の様子は落ち着いていて、1日目の対局前と変わらなかった。だが本局では違ったそうだ。

「印象に残っているのは2日目の朝の藤井さんの様子です。まだ名人も入室しておらず、駒も並べていなかったんですが、藤井さんは前傾姿勢で、右手で扇子をパチパチやっていて、左手も動いていて、何も並んでいない盤をにらんでいて……。すごい集中力だなあ、早く将棋を指したいのかなあ、って見ていて思っていました。何を考えていたのかはまったくわからないですが(笑)」(深浦九段)

2日目、封じ手を開封する立会人の深浦康市九段 写真提供:日本将棋連盟

 藤井の封じ手は、歩を角引きで取らず、桂をかわして跳ねる手だった。ちなみにその歩を打つのに渡辺は1時間近くかけていた。その後も、銀取りには銀を逃げ、角で王手されても玉を逃げと、ひらりひらりとかわしていく。渡辺は我慢しきれず、ついに切り札の角引きだ。これで渡辺の飛車は先手陣に通り、次に4筋の歩をつけば飛車銀両当たりになる。

 ところがである。この角引きを藤井は完全に無視したのだ。

飛車先を叩かれた局面でまた大長考

 角のリーチで飛車を抑え、長らく放置していた質駒の香を取る。銀頭への歩のたたきは堂々と玉で取る。玉が露出しても意に介さない。王手をかけられても平然としている。王手されるのに慣れきっている。