「プーチンが最も恐れる男」と称された政治活動家アレクセイ・ナワリヌイ。猛毒の神経剤ノビチョクによって命を狙われた彼が犯人と直接電話で会話し、あろう事か暗殺への関与を聞き出した衝撃的な映像を覚えているだろうか。

 ロシア政府高官になりすましたナワリヌイ本人が問う。

「なぜ(暗殺は)失敗した? ナワリヌイ作戦のことだ」

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 犯人は疑うことなく答える。

「我々の仕事に落ち度はなかった。(中略)地上に降りたから解毒剤を注射された」

 暗殺の標的となった被害者が暗殺犯の一人から犯行の経緯や手法を聞き出すという“逆オレオレ詐欺”のような展開。毒殺未遂事件から水面下で行われた暗殺実行犯の特定、さらには犯人との直接対決までの一部始終を記録したドキュメンタリーが『ナワリヌイ』(U-NEXT、Amazonプライムビデオなどで配信中)だ。米国・英国アカデミー賞をW受賞するなど世界中の賞レースを席巻した歴史的作品である。

©佐々木健一

 暗殺犯を特定したのはウェブサイトなどの公開情報から調査報道を行う非営利組織「ベリングキャット」の主任調査員クリスト・グロゼフ。彼は乗客名簿や闇市場の通話履歴を自腹で入手し、車両登録番号と照合して容疑者の名前と顔写真を特定。その情報をナワリヌイへ伝えた。彼も当初は疑ったが、膨大な証拠データとグロゼフの真摯な姿勢に打たれ、共闘を決意する。そして、暗殺犯に関する情報の一斉公開を決定。衝撃的な電話録音は公表当日、発表直前にダメ元で行われたものだった。彼ら自身もまさか暗殺のプロがこんな罠に引っかかるとは想像もしていなかった。

 その後、ナワリヌイは2021年1月に帰国。空港で拘束される。その約1年後、ロシアはウクライナへ侵攻する。

「この戦争は、ロシア国内の諸問題から国民の目を逸らすためのものだ」

 投獄後に発せられたナワリヌイの言葉が重く響く。