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「残ったのは2軒だけ。みんな亡くなった」青森駅前にポツンとある“ボロボロの歓楽街”…地元民に聞いてわかった「昭和の秘境」の“意外な歴史”

酒と色が混ざり合う「第三新興街」

2023/12/10

genre : ライフ, 社会

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おかあさんは「みんな死んだ。いまやってるのは、2軒だけ」と…

 近づくと、ママと手伝いのお姉さんの2人がドアに施錠して帰ろうとしていたのだった。飲ませてもらうのは難しいですか? と問うと、いいよ、と入れてくれた。屋号は〈おかあさん〉。

「何飲む?」

「ウイスキーを。ソーダ割りできますか?」

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「ああ、あったかな~。あったあった」

 

 棚の奥から500ミリの炭酸ペットボトルを出し、手早く作ってくれたハイボール。普段はあまり出ない飲み方なんだろう。棚を見ると、キープボトルのほとんどがトライアングル。〈焼酎貴族〉トライアングル、松田優作がCMをやっていたあれ、まだ現役だったとは。うちの親父も好きだったのを思い出す。いまの客層は60代か70代以降がメインと思われる。ママさんも70代後半。

 

 手伝いのお姉さんが消したばかりの店内照明をつけてまわっている間、見回すと、奥の小上がりに、小さなピンク色のかわいい布団が敷いてあるのが目に入る。「女商売」に使うのではなく、ときどきここでママさんが寝泊まりしているに違いない。運ばれたハイボールに口をつけながら、まずはママ、もとい、おかあさんに、再開店させてしまったことをわびる。そして早速、数年前に飲んだイカ刺しの店や、じゃっぱ汁の店が開いていないことを問うと……。

「みんな死んだ。亡くなった。いまやってるのは、2軒だけ」

 きっぱり、短い言い方。でも暗い響きはない。

「お客さんも80、90代。みな死んだもの。昔は4人女の子の日当を払っても潤うくらいだったのに」

 予想を上回る高齢化だった。昔はどの店も、カウンターにはきゅうきゅうにホステスが何人も立っていたが、いまは店主と手伝いのお姉さんが1人いるだけの〈おかあさん〉。かろうじて健在の常連たちは、皆、朝が早いのだという。午前7時に店のドアをたたいてママを起こし、朝酒して帰る人までいる。どうりで、閉めるのが早いわけだ。私の来訪がもう少し遅かったなら、おかあさんにお会いすることはできなかった。

 

闇ルートで物を売り買いする露店が「新興街」に

 ちなみに、こうしてメディアにのせる昔話を聞かせてくれるのは、この店も含めて、どこも「女商売」をしていなかった店。当然のことだ。路地のなかで、する店、しない店はまだらに広がっていた。

 さて、この長屋群は、どんな経緯で生まれたのだろうか。ルーツをたどると、終戦直後までさかのぼる。

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