1963年(94分)/東宝/2750円(税込)

 今回は『とんかつ一代』を取り上げる。

 森繁久彌、フランキー堺、加東大介、三木のり平、淡島千景、団令子といった東宝喜劇でお馴染みのメンバーが顔を揃え、喜劇の名手・川島雄三監督が撮った一本だ。その座組に名前倒れすることのない、爆笑作に仕上がっている。

 本作は日本映画にありがちなビターな涙も流させる人情喜劇や、社会風刺を入れ込んだブラックコメディではない。とにかく笑わせることに特化した、カラッとしたコメディ映画。そのため、気軽に気分転換したい時に最適だ。

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 舞台は上野。主人公の久作(森繁)は不忍池近くにある老舗フレンチレストラン「青龍軒」から独立して、とんかつ屋「とんQ」を開店、こだわりの味を追求していた。青龍軒の料理長・伝次(加東大介)は一徹な性格のために久作を受け入れることができず、両者は対立していた。

 大きな特徴は、登場人物たちのキャラクターが際立っていることだ。それは名人級の名優たちによる、奇人変人ショーとすら思えてくる。

 詰襟に白衣にサングラスに長髪という怪しげな風貌で、クロレラを新たな食材として研究するマッドサイエンティスト然とした復二(三木のり平)も凄いが、中でも強烈な印象を放っていたのが山茶花究(さざんかきゅう)の演じる精肉業者・仙太郎だ。一見すると粋人のような落ち着いた雰囲気なのだが、職業柄もあって潔癖症という設定で、それがかなり極端になっている。たとえば、豚供養に久作と参加した帰りに店に立ち寄る際、お清めの塩を身体に振る場面。久作は軽く振るだけなのだが、仙太郎は全身に大量の塩をふりかけ、さらに口の中にも注ぎ込む。しかも、久作がとっくに厨房に入り、店員たちと芝居をしている間も店に入らず、その背後で延々と塩を振り続けた。

 この場面をはじめ、「表向きのやりとり自体は普通なのだが、その端々ではおかしなことが起きている」という描写が実に楽しい。たとえば伝次の息子・伸一(フランキー)が青龍軒のバルコニーで商談をする場面。ここで伸一は会話の勢いで大きな石を地上に放り投げる。そのために近隣の動物園の猛獣たちが咆哮して暴れ出す――という展開になるのだが、ここで伸一は困った表情をするだけで、何事もなかったかのようにそのまま物語は進んで行くのだ。

 こうした芝居は一見すると本筋と無関係に思える。だが、ぶっ飛んだディテールの積み重ねが、青龍軒の乗っ取り、師弟・親子の対立と和解といったありがちな人情噺の展開に刺激的なアクセントを与え、作品世界になんとも賑やかな活気をもたらすことになった。