部屋の中央の椅子に、手を針金で縛られ座らせられた青年。10人ほどの男女が囲み、手にした凶器を振り下ろす。青年の哀切なる声が響く。

――僕は中核じゃない。俺はスパイなんかじゃない!

 1972年11月8日。早稲田大学文学部キャンパスで、第一文学部2年生の川口大三郎さんは、革マル派に8時間に及ぶ暴行の末に殺された。彼はなぜ殺されたのか。この事件を契機になぜ“内ゲバ”はエスカレートしたのか。代島治彦監督の最新作『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』は、当時者の証言を積み重ね、その真相に迫るドキュメンタリー映画だ。冒頭の短編劇「彼は早稲田で死んだ」は演出家の鴻上尚史さんが担当した。「三里塚闘争、学生運動の映画を撮った監督に、あとは内ゲバしかないでしょうと1冊の本を手渡したのが始まりでした」と振り返る。その本、樋田毅さんの『彼は早稲田で死んだ』(小社刊)を原案として、映画は制作された。鴻上さんは、樋田さんの取材記録や警察の調書などを読み込み、密室での出来事を再現していく。

ADVERTISEMENT

©TOWA

「川口君には、竹竿2本と角材2本、それにバットでリンチが行われた。バットを見て、今日は本気だと感じた、という生々しい証言もありました。意外だったのが、革マル派の服装ですね。無精髭で、汚れたヤッケにぼろのジーパンというイメージとは違い、みんなジャケットを着て小綺麗にしている。街頭闘争を掲げた中核派に対して、彼らは“理論の革マル”、インテリエリートを自認。恵まれたエリートだからこそ、正義感だけで活動に没入できた。革命のための正しい暴力があると信じて疑わなかったのでしょう」

 しかし川口さんはスパイだと認めない。叩かれ、殴られ、白いセーターには血が滲み、足元には血だまりができていく。派手な演出がないぶん、その凄惨さ、彼らの狂信性が際立ってくる。

「川口君にみな暴力をふるうのですが、その動機は様々だったでしょう。正義と信じて殴る奴のほかに、組織内の出世のために殴る奴もいれば、ただ嬉々として殴る奴もいたはず。本当は殴りたくないという人も。だから、20代の役者には、自分の実感を探してと伝えました。世直しを掲げて闘う自分たちの党派に来たスパイをどうするか、と」

 撮影に先立ち、出演者は池上彰さんのレクチャーを受けた。“革マル派は人の膝の皿を割っていた、それが世界を救うこととどう結びつくのか”などと疑問も出たという。だが、彼らの革命や思想には踏み込まない。「踏み込めば、中核と革マルが対立した袋小路に再び入ってしまう」。

 事件から6年後に入学した早稲田大学を、「祭りの後にごみが散乱しているようだった」と鴻上さんは振り返る。政治の季節は終わっていた。

「仲間同士で殺し合う奴らなんだと、世間の“ブーム”は急速に萎んでいった。今やその記憶すら薄れています。僕らは、暴力じゃなくて言葉で対話するしかない。自分の信じるものを疑わないことは害悪になりかねない。この映画で改めて考え直してもらえたら」

こうかみしょうじ/1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。95年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞を、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した。近著に『ヘルメットをかぶった君に会いたい』『アカシアの雨が降る時』『愛媛県新居浜市上原一丁目三番地』などがある。

INFORMATIONアイコン

映画『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』
5月25日公開
http://gewalt-no-mori.com/