「ほんと、寂しいよ。中尾とは若い頃は一緒によく飲んだものです。前の東京五輪の頃だったからもう60年前ですか。彼も私もまだ表舞台にデビューする前の若造でね。渋谷駅のガード脇にあった飲み屋横丁が僕たちのホームグラウンドでした。理想の役者像なんかについて夜な夜な語り明かしました」

“ライバル”の死を偲ぶのは俳優の前田吟(80)。5月16日に心不全で死去した中尾彬(享年81)に贈る言葉だ。

中尾彬 ©文藝春秋

大河ドラマ『竜馬がゆく』で共演

 中尾は1963年、「劇団民藝」に入団。前田も同年、「劇団俳優座」の養成所の門を叩いた。劇団こそ違ったが、歳が近く、共演を重ねていくうちに親交を深めていった。

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「私が夏八木勲、地井武男とか俳優座の同期と飲んでいると、1人で来た中尾が輪に入ってくる。当時から物おじしない男だったんですよ。いつまでもオシャレだったけど、若い時から変わらない。『役者になるなら、貧乏でもかっこいい洋服で来いよ』って言われたこともあった」

 若い頃は、共演作も多かった。

「1968年放送のNHK大河ドラマ『竜馬がゆく』で彼は岩崎弥太郎役。僕は岡田以蔵役。同じ土佐藩の人間を演じました。翌年の大谷直子さん主演のNHK朝ドラ『信子とおばあちゃん』でも共演してね。2人で切磋琢磨して、『次は何に出るんだ?』『俺はこんな作品に出るんだ』なんて語り合う青春時代の良きライバルでした」