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 これらに加えて、末尾の「これから粘り強く生きていく」「息子が歩みきれなかった道を最後まで歩む」という決意表明のような表現も、わずか48時間足らず前に息子を亡くした父親の言葉としては、個人的にはやや違和感を覚える。すくなくとも、仮に私が同じ立場に置かれたならば「自分の残りの寿命を全部あげるから、息子には生きていてほしかった」という以外の意見は持てないように思う。

文書は工作ではなく「ホンモノ」の可能性大

 実は在日中国人のリベラル・コミュニティのメンバーにも、私と同じような違和感を覚えた人たちは存在した。だが、そうした場合は他の中国人メンバーが文書の信頼性を主張するのが常で、そのメンバーの友人と、被害者の父親やその会社の同僚との中国語や日本語のチャットのスクリーンショットが提示されたり、確度が高そうな情報ソース(取材力に定評がある中国某大手メディアの記者名)が示されたりした。

 また、日本国駐広州総領事館に文書の真偽を確認した21日付けの『Nikkei Asia』英文記事によれば、総領事館側は「否定も肯定もしなかった」という。総領事館は事件当夜に館員が病院に付き添っており、確実に遺族の事情を知る立場だが、そのうえで「否定」をしていないのだ(ちなみに、今回の文書の冒頭には、男児の父親による情報発信の意向を総領事館側が事前に把握し、反対していたように読める箇所がある)。

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9月19日、事件について記者団の取材に応じる在広州日本総領事館の貴島善子総領事 ©時事通信

 私が他のルートから日本側の主要メディアの取材当事者たち複数に当てた限りでも、文書の出所は父親本人の可能性が高いとする情報がほとんどだった。『週刊文春』や『週刊新潮』など各誌も、直近の記事ではこの文書をひとまず「父親の言葉」として紹介している(ちなみに父親をはじめ男児の遺族、さらに父親と上司の勤務先企業は、24日現在まであらゆる取材を拒否している)。

 いっぽう、9月20日の夜に出現したこの文書の「中国を恨まない」「日中両国の関係が破壊されることを望まない」という主張は、前日の夜に中国外交部が会見で示した「類似の案件はどの国でも起こり得る」「個別の案件は日中交流に影響しないと信じる」という中国側の当局見解とぴったり一致している。

 そのため、中国がニセ情報を流す工作を仕掛けたり、中国籍である被害児童の母親を通じて外部から指示を与えて「書かせた」可能性も、疑うことはできる。

 ただ、中国当局はこの文書が自国内のネットで広がる現象をブロックしている。当局としては、深圳事件が国民の間で話題になること自体を避けたい意向があるようだ。この文書の内容は中国側の政府見解に沿っているとはいえ、現在の当局にとって文書の拡散自体が不都合だとすれば、意図的な工作が仕掛けられた可能性は弱まる。

 そもそも、仮に中国側によるディスインフォメーション工作(意図的な誤情報の流布)なら、日本の総領事館が文書の真実性を「否定」しないとおかしい。やはり被害児童の父親が自分の意思で書き、公開を望んだと考えるのが妥当だろう。