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 レベルの高い単語を的確に使用した言葉選びはもちろん、被害児童の個性から筆を起こして日中関係に話題を移し、最後は前向きで理想論的な表現で締めくくる論理構造と表現技法は、中国人のインテリの好みと完全に合致する。私の読後感覚では、中国大使館の幹部が国際交流イベントの閉会式でおこなう中国語のスピーチや、共産主義青年団の優秀な中国人大学生のレポートを連想した。

 ゆえにこの文書は「感動的な名文」として中国人の間で広まり、20日深夜から21日にかけて、微信(中国のチャットアプリ)のモーメンツのほか、海外のXやフェイスブック、さらに在外華字紙でも盛んに転載された。中国国内ではなぜか、22日に入ると文章がネットから削除されはじめたが、台湾や在外華人社会では現在もなおシェアされている。

「息子が歩みきれなかった道を最後まで歩む」表現の謎

 答えを先に書けば、この文書は「本物」である可能性が極めて高い。原文では実名で記されていた被害男児と父親、さらにその2人の上司と名前が一致する人物も確認されている。また、男児の父親は大阪に本社を置く専門商社に勤務する日本人で、母親は中国人であったことが最新の週刊誌報道から明らかになっており、こちらも文書の内容と一致する。

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 だが、リベラル・インテリ層の中国人たちが揃って内容を称賛したこの文書は、よく読んでみると日本人の感覚では奇妙に感じる部分が多い。

・「このたびはご迷惑をお掛けし」「今後とも何卒よろしく」などの、日本の社会人独特の挨拶表現が極めてすくない。文章の構造や語彙、論理展開のパターンなどが日本語文の中国語訳としては不自然であり、原文自体が中国語で書かれた可能性が高いように見える

・仮にそうである場合、被害児童の父親は日本人の上司2人に中国語で書いて送ったとみられる

・いっぽう、文書の冒頭部には「転送するかはお任せする」とあり(実質的には「転送してほしい」という意味だろう)、第三者への公開を前提として書かれている

・「中国を恨まない」とともに「日本を恨まない」という言葉がなぜかみられる(今回の事件について、日本人の父親が日本に恨みを抱くべき事情は通常なら存在しないはずである)

・事件が日中関係に影響を与えることを強く気にかけているいっぽう、目の前で息子を失った妻(被害児童の母)を気にかける言葉はみられない

・「中日貿易」と、中国側を主体とする表現で書いた箇所がある(通常は「日中貿易」と書く)

・父親は商社マンにもかかわらず、商品の営業販売や市場調査ではなく「日中双方の認識の差異を埋め、円滑なコミュニケーションを促進すること」を「主たる職務」と述べている。商業活動や単純な家族関係以外の動機から中国とかかわっている人物に見える