「常識で考えられぬほどの親密さ」下田歌子とのうわさが
報知は1月10日発行11日付夕刊から「和製ラスプーチンの正体」を連載。吉三郎のそれまでの足取りの「検証報道」を始めた。その第1回の主見出しは「児玉大将に取入つ(っ)て」だったが、別項記事には「下田女史との奇怪な関係 名門に勢力を得た有力な原因はこれ」の小見出しが。それまでもうわさされていた関係を次のように正面から取り上げた。
恐喝の前科者にもかかわらず、飯野が依然として知名貴顕の士に接近し、上流家庭に出入りして精神教育家とまでもてはやされた、不思議な信者を持つに至ったのは、彼の怪腕にもよるが、ほかに有力な勢力の源が彼の背後にあった。それは同郷の愛国婦人会長・下田歌子に取り入り、才気非凡な下田女史と、世知にたけた行者とはお互いの利益のために親密の度を増して離れず、今日に至っている。下田女史と彼との関係はほとんど常識で考えられぬほどの親密さで、飯野が警視庁の見込み通り検挙されるとしたら、女史の身辺もまた甚だ面白くない結果を生ずるだろう。
巨万の富をつくってからもこの種の行為が多い。市疑獄その他の大事件で彼の関係しないものはないといわれ、大小の邪悪の結晶が、数百万円ともいわれる今日の彼の財産だともいわれている。
「前科者」という表現はいまでは考えられないし、その容疑も間違っている。当時の新聞の社会面記事にはそうした誤りが頻発していたが、それにしてもひどい。11日付朝刊からは東朝が「謎の怪行者」、東京日日(東日=現毎日)が「穏田の秘殿に解かれぬ謎」の連載を開始。他紙も「飯野事件」と名付けて競って報じるようになった。
中でも報知は「和製ラスプーチンの正体」で要人との関係を追及するとともに、吉三郎の「余罪」や下田歌子との関係を伝え続ける。
1月12日付朝刊では初報から掲載を続けていた記者と吉三郎の問答で「下田歌子女史と―怪行者の関係は?」(見出し)に話が及んだ。(次の記事に続く)





