1962年(96分)/東映/動画配信サービスにて配信中

 二・二六事件は何度も映画化されてきた。その多くは、クーデターの決起をした将校たちを主人公に、計画から処刑までの顛末が描かれている。

 そうした中で珍しい視点で作られたのが、今回取り上げる『二・二六事件 脱出』だ。

 将校たちは時の総理大臣である岡田啓介暗殺のため首相官邸を襲撃する。だが、殺されたのは別人で、生き残った岡田は憲兵隊の策により官邸を脱出してのけた。本作は、その動向を追っている。

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 なんといっても新鮮なのは、官邸側の視点で描かれていることだ。冒頭では、事件前夜の官邸での人間模様が丁寧に映し出される。そのため、その直後に始まる襲撃の見え方が他の作品と大きく異なることになったのだ。将校視点であれば「快挙」と受け止められるこの場面が、「命の危険をはらんだ極限状況」として見えているのである。結果として、いかにして首相を隠し通すかという展開を、サスペンスフルに盛り上げていた。

 それは序盤に限った話ではない。この「一つ間違えば誰もが将校に銃殺される」という状況が全編を通して徹底されているため、緊張感が途切れることはない。濃い陰影の映像をスピーディに展開させる、小林恒夫監督の演出も効いている。官邸を取り巻く重苦しい空気を作り出し、息が詰まる空間を創出していた。

 物語は、首相救出のために動く人々の群像劇として展開されるのだが、それを演じる俳優陣も、各々素晴らしい。

 たとえば、首相の生存を確認して隊の上官に報告する若手憲兵役の千葉真一。余裕のない青々しい若き日の姿が、緊迫した状況を生々しく伝えていた。その報告を受けて首相の救出計画を練る憲兵班長は高倉健が扮し、安定のヒロイックさで引っ張る。班長と命懸けの任務に臨む部下を演じるのは山本麟一と今井俊二(健二)。強面の悪役としてのイメージが、むしろ頼りがいとして映えた。

 官邸側では、まず秘書官役の三國連太郎が際立つ。首相の救出を方々で掛け合うのだが、上手くいかない。一見すると落ち着いた雰囲気を見せる奥に不安と焦燥を感じさせるのは、流石というよりない。

 流石という点では、短い出演時間ながらも織本順吉もそうだ。首相が実は生きて官邸内に潜伏しているのではと一人だけ気づく決起側の軍人役なのだが、自説が上官に一蹴されると強く主張できずに引き下がるヘタレぶりは、この俳優の十八番。張り詰めた空気にアクセントをもたらす。

 こうした事件を題材にするとなると、日本はどうしても大真面目に作りがちだ。が、こうした娯楽映画も、時にはあってもいいのではないか。