――雁木におけるAI研究はどうでしょうか。
佐藤 AIを研究に取り入れてからは、比較的早めに着目して雁木を使っていました。その優秀性はAIを使っていると気づきやすいんです。振り飛車と違うのは自らの玉が薄いことで、これは実戦的に逆転負けのしやすさにつながる面はありますが、玉の薄さはあっても、局面全体のバランスが取れているので、ハッキリ弱点と言えるような急所はありません。どちらかというと雁木側にいい手が多い局面が出現しやすい傾向があります。
人間の視点では雁木の攻めは基本的に軽そうに見えるんですよ。例えば雁木vs矢倉で桂馬を早めにポンと飛ぶのは腰が入っていないようだなと。ですがそこから今までに見たことがないような攻め筋があって、いろいろな発見はありました。
飲み会で相槌を打ったら「幹事を引き受けて下さるそうで」と電話が…
――佐藤さんはトーナメントプロの他に、棋士としての仕事で、2020年から今年の3月まで、5年間にわたって関東奨励会幹事を務められました。
佐藤 自分の奨励会時代については先ほど語りましたけど、大変な世界というのは当時から変わっていませんね。当時よりも奨励会員も増えていて競争率もさらに上がってきています。いろいろと時代が変化していくなか、この先もずっと奨励会制度を続けていくのがいいのかと思うことはあります。
――幹事として心掛けていたこととは?
佐藤 今言ったように、自分の時代から変わってきた部分も当然ありますから、自分の価値観を強く押し付けるのはしないようにと気を付けていました。
――幹事を務められたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
佐藤 実は、もう少し若い時に頼まれたことがあって、その時はお断りしました。当然ながら幹事は責任の大きな職務です。棋士にとって自分の成績以外に責任を持つのは大変ですから、自分としては1つの決断でしたね。
自分の奨励会時代は幹事が2人でしたが、その後3人体制になって、それからまた2人に。5年前は小倉さん(久史八段)と近藤さん(正和七段)が幹事で、2人体制では大変だと当時の理事だった西尾さんから、飲みの席で話を聞いて相槌を打っていたら、それから間もなく、やはり理事で総務担当の森下さん(卓九段)から電話で「幹事を引き受けて下さるそうで」と。そんなこと一言も言ってないのに、と思いましたよ(笑)。
――(笑)。佐藤さんが就任されたあとも幹事は入れ替わりがあって、25年の3月までは佐藤さん、黒沢怜生六段、渡辺大夢六段の3人体制でした。4月からは佐藤さんに代わって村中秀史七段が就任されるそうですね。佐藤さんの幹事時代というのは、いわゆる藤井(聡太竜王・名人)ブームの影響を受けて、プロ棋士を目指そうと入ってきた会員が多いのではないかと拝察します。
佐藤 その辺りは何とも言えませんね。実は以前と比較して関東ではここ数年の受験者が増えているわけでもありません。自分の入会時と比べて情報量がけた違いになっていますから、奨励会の厳しさもより知られているという事情もありそうです。年間でいうと入会者は15人くらいですかね。ただここ数年で北海道、東北、九州と研修会が増えたので、研修会から奨励会に編入するケースは多くなっています。



